年下の男の子②
ふたりで相談して明太チーズもんじゃを注文してから、ぼくは妹のことを――高岳優希のことを彼女に話した。
「そりゃすごいね」
話を聞いた彼女がいった。
てっきり、身内に人気アイドルがいることが珍しいというニュアンスの『すごい』かと思ったのだけれど、どうやらそれだけではないらしく。
「キミが高岳優希の兄だっていうのも確かに驚きなんだけど……実は、優希嬢は、ウチの事務所の後輩なんだよね」
「え、そうだったんですか?」
全然知らなかった。
「詳しくはまだ言えないんだけどさ、近々『チェリーブロッサムクラブ』と一緒に仕事をする予定もあって、まあ結構それなりに仲良しなわけよ。いやー、こんな偶然あるんだねぇ。世間って意外と狭いのかも」
「本当にそうですね」
「ところでさ、あたしの本名は調べれば秒で出てくるわけだけど、キミも本名の上半分がバレちゃったわけで、いっそのこともう本名全部公開しちゃってもいいんじゃない?」
「そうですね。そっちのほうがいいかもです。ぼくの名前は高岳夏輝です。高岳優希の高岳に、季節の夏に、輝くって書いて、高岳夏輝」
「把握。あたしも一応名乗っておくと、中村量子。中村は一番シンプルな中村で、量子の量は計量カップの量。量子さんでも量子でもお前でもテメーでも好きなように呼んでよ」
「参考までに、テメーって呼んだらどうなるんですか?」
「別にどうにもならないよ。社会的に抹殺するだけ」
「思いっきりどうにかなっちゃってるじゃないですか!」
「沈められるならナニ湾がいい?」
「ナニ湾でも嫌です! っていうか社会的じゃなくて物理的に抹殺しようとしてますよねそれ!?」
結局、彼女のことは無難に『量子さん』と呼ぶことにした。
注文した明太チーズもんじゃが運ばれてきた。同じく注文したドリンク――量子さんは生ビール、ぼくはコーラのグラスを携える。
「そんじゃ、尊い出会いにかんぱーーーーい!」
「かんぱーーーーい」
グラスをカチッとあわせて、ビールとコーラをそれぞれ飲む。
「っぷはーーーーーっ!」
喉を鳴らしてビールを半分ほど飲んだ量子さんが、グラスを置いて目をぎゅっとつぶり、そのままCMに採用できそうなほどの良い表情で歓喜する。
「ひとつ常套句をいわせてもらってもよろしいかな?」
「どうぞ」
「――この一杯のために生きてるぅぅぅぅ! ふぅぅぅぅぅ!」
グラスを天に突きあげて、ご機嫌に叫ぶ量子さん。
時代を自分色に染めるカリスマシンガーは、酒を愛する気さくなお姉さんだった。
もんじゃに舌鼓を打ちながら、量子さんと話す。アタロボの話はほとんどしなかった。どこの学校に行っているか、学校は楽しいか、成績はどうか、休みの日は何をして過ごしているか等の質問を受けた。隠す情報もなかったのですべて正直に答えた。ぼくはぼくで、バンド活動のことや、プライベートのこと、どういう学生時代を過ごしていたのか等の話を人生の先輩である彼女に投げかけてみた。彼女も包み隠さずざっくばらんに答えてくれたように感じた。
もんじゃを食べきる。
同時に量子さんがメニュー表を広げてくる。
「次はどれ食べる? どんなトッピングしちゃう?」
おかわりは当然というスタンス。
華奢なルックスに反して胃袋はデカいらしい。
ぼくはおかわりに付き合うことにした。今度は話し合いの結果、趣向を変えて豚キムチもんじゃを注文することに。
次なるもんじゃが運ばれてきた。
ぼくは一杯目と同じようにボウルを持ってもんじゃを鉄板に並べていく。
「優希って、外ではどんな感じなんですか?」
もんじゃを並べながら訊く。
「どんな感じっていうのは?」
「ちゃんと礼儀正しくやってますか? 周囲の大人たちに生意気な態度とか取ったりしてないですか?」
「少なくともあたしの前ではすごくいい子だよ。悪い噂も聞こえてこないし、まあ心配には及ばないんじゃないかな」
「そうですか。よかった――」
もんじゃを鉄板に並べ終えてボウルを重ねる。
「やっぱりお兄ちゃんとしては、大切な妹のことが心配だよねぇ。あたしもよく心配されたもんだよ」
「量子さんにもお兄さんがいるんですか?」
「いや、あたしの場合はお姉ちゃん。今もふたりで一緒に住んでるお姉ちゃんがいてさ。ひとつ上で公務員。役所勤め。堅実な感じね。あたしとは正反対な職業と性格なんだけど、それが逆に退屈しなくて楽しくて。揉めることはあるけど仲違いはしない感じで。喧嘩するほど仲がいいって具合に。でもあたしのバンド活動は最初からずーっと応援してくれてるんだよね。アンタらしい生き方だって一貫して肯定してくれて」
「売れたから肯定するんじゃなくて、最初から肯定してたっていうのが粋ですね」
「そうなのよ粋なのよ江戸っ子なのよ。お姉ちゃんはむかしから価値基準とか判断基準に、自分っていう太い幹を備えてて。デキる人間って感じでカッコいいのよこれがまた」
「デキる人間なのは、量子さんも同じじゃないですか?」
「あ、バレた?」
「もしかして、ぼくにそうフォローさせるためにわざとそういうふうに言いました?」
「そっちもバレた? あはははは!」
もんじゃが出来てきた。
もんじゃを食べながら話をつづける。
「夏輝くんは、なにか部活には入ってるの?」
「いや、入ってないですね。中学のときは部活に強制加入だったんで文芸部に入ってましたけど、今は完全に帰宅部です。量子さんは、学生時代は軽音部だったんですよね?」
「そうそう。よく御存じで。高校時代に組んだバンドでそのままデビューって感じ」
「なんかいいですよね、そういうの」
「そう?」
「はい。だって、学生時代の仲間と一緒に好きな仕事ができるなんて、楽しそうというか、羨ましいというか。あ、もちろん裏には大変なことも色々あるだろうなっていうのも想像つくんですけど、その大変なことも、むかしからの仲間と一緒だったら乗り越えられそうというか、そういう局面もあるんじゃないかなって思って――なんかすいません、青二才が偉そうなこといって」
「ううん、全然。むしろキミの話を聞きながら、たしかに単なるビジネスパートナーだったら瓦解してたかもしれない局面もあったなぁとか思い返してたくらいで。きっとこれからもあるんだろうね。折に触れて夏輝くんの言葉を思い出すことになりそう」
「そんな、恐縮です」
「キミはどう? 将来の夢テキなものはあるの?」
「実はまったく無いんですよね、恥ずかしながら」
「いやいや全然恥ずかしがることないよ。夢を持つこと=素晴らしいってわけじゃないし、夢が無い=ダメってわけでもないんだから」
「そう、ですか。なんか意外です」
「意外?」
「ミュージシャンのひとって、夢を持つことに対してすごい肯定的に捉えていらっしゃるイメージだったので」
「あはは、そりゃ偏見だね。主語がデカいよ夏輝くん」
「すいません、不見識で」
「まあ気持ちは分かるけどね。でもあたしは割と冷静中立で。あたしが現状それなりに夢が叶っちゃってる理由は運と才能が大半を占めてるわけで、いわば万人に再現性がないわけで。夢を叶えた成功者を過剰に持ちあげすぎる風潮は、あたしはあんまり好きじゃないんだよね。有名な言葉を借りるなら『生きてるだけで丸儲け』ってことで。そういう歌を歌いたいし、からっぽな自分に悩むひとたちに寄り添える人間でありたい。仮にこのまま何年も何十年も売れつづけることができちゃったとしても、その根っこだけは絶対に変えたくなくて。まあ、あたしみたいなバンドマンや、キミの妹みたいなアイドルは、たくさんの相手に影響を与えて夢を見せてしまっているのは事実で、こっちの意思に関係なく生じた夢の数々は、形になったり、屍になったり、屍になったとしても明日を生き抜く経験や活力になることもあったり、物事にはいろんな功罪が糾えられてるんだと思うんだけど、それを認めてすべて内包して胸を張るしかないわけで、だからキミも、功罪のなかの罪の部分もまるごとひっくるめて、優希嬢のがんばりを肯定してあげてよ。影響力っていうのは決していいことばっかりじゃない。良い影響を与える可能性の裏には、常に悪い影響を及ぼす懸念が潜んでる。よく効く薬の副作用みたいな感じでね。薬が効かずに副作用だけ響いてしまう人もいれば、薬が効果てきめんで副作用なんて皆無って人もいる。それは摂取してみないとわからない。パッチテストできないのが人生なんだよ。――っと、なんかごめんね。独演会みたいにベラベラと語り倒しちゃって」
「いえ、すごく勉強になりますし、もっと聴かせてほしいです」
「ホント!? そんなふうにいってくれるの!? えー嬉しい! こういう答えの出ない話すると大概面倒くさがられるんだけど、キミはもしや神様ですか!?」
「人間です。話を聞いただけで神様なんて、ハードル低くないですか?」
「あたしにとっては得難い神様なわけよ。まあそもそも、キミはあたしにとって神だけど」
「アタロボ的な意味でですか?」
「正解」量子さんはビールを飲みほした。「――まあ、これからもどうか宜しく頼むよ。ゲームでも、そちらが良ければリアルでも」
もんじゃの芳ばしい匂いが薫り立つなかで、量子さんはそういってくれた。
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