透明少女⑤

 ――。

 ――――。

 ――――――。

「――ぼくと奏海のお話は、ざっとこんな感じです。ご満足いただけましたか?」


 話しを終えて、量子さんに尋ねる。


「うーん……」


 量子さんは目をつぶり、眉を寄せて、悩ましそうに呻る。


「……量子さん?」


「ねぇ、夏輝くん」


「なんでしょう」


「とりあえず……一発殴らせろや!」


「酒乱の方向性が変わっている!?」


「歯食いしばれ! グーかパーかだけ選ばせてやる!」


「さっきまであんなに暴力反対って言ってたのに!」


「んあーーーーーーっ! 人生は不公平だーーーーーーっ!」


 髪をかきむしりながら、人生への不満を叫ぶ量子さん。

 ひどくご乱心である。


「急にどうしたんですか?」


「だって! アイドル云々ってことは抜きにしても――抜きにしてもだよ!? あんな可愛い妹と、あんな可愛い幼馴染が身近に居て! しかもなんか知らないけどすっごい愛されてて! 本当につくづく良いご身分でいらっしゃいやがるなぁって思って! 埋め合わせで一発二発三発四発殴らせてもらわないと釣り合い取れない環境じゃない!?キミも自分で話しててそう思わない!?」


「は、はぁ……」


「いいなぁ。ズルイなぁ。羨ましいなぁ。嫉妬だなぁ。青春だなぁ。アオハルだなぁ。どんな徳を積んだらそんな環境に身を置けるわけ? 前世で江戸を救ったの? 悪を討って庶民を飢餓から救ったの?」


「たぶん救ってないですね。ちなみにいうと、ぼくや優希の先祖は商人だったみたいです。士農工商の身分制度でいったら一番下の存在です」


「けっ。商人か。欲にまみれやがって。これだから資本主義は」


「資本主義への不満をぼくにぶつけられましても」


「あーあ、なんかあたしも幼馴染が欲しくなってきたなー。お互いのことを知り尽くしてる感満載の相方が欲しくなってきた今日この頃だよまったくもう。どうやったら幼馴染ができるんだよコンチクショー!」


「幼馴染を作るには、まずタイムマシンを用意しましょう」


「タイムマシンかぁ。あたしが生きてるあいだは望み薄かなぁ」


「でしょうね」


「けど、あたしは前々から地味にうっすら思ってるんだけど、幼馴染は『幼い馴染み』。つまりは幼いころからの顔馴染みって意味合いなわけじゃんね。人生における『幼い』期間っていうのが年齢にして精々一桁程度までっていう風潮はどこの誰が定義づけた概念なんだろうね? ほら、人生百年時代がもうすぐ近くまでやって来てるっていうんだから、人生において『幼く』いられる期間もまた延長してくれてもいいんじゃない? だって仮に百年生きるとしたらあたしなんてまだせいぜい四分の一程度なもんで、そりゃたしかに成人はしてるけど精神的には百年スパンで鑑みたら幼いわけで、未成熟で未完成で辛うじて大人っぽく酒をかっくらってるだけの存在たるあたしなんだから、見方によってはいまもなお幼い期間を継続中って訳にはいかんかね?」


「どうでしょう。よくわかんないです」


 ぶっちゃけ途中からあんまり話を聞いてなかったのはナイショの話。


「よくわかんないなんて冷たいこといわないでさぁ、お姉さんと一緒に考えてよぉ。これはもう一個人の問題じゃなくて幼馴染という存在を渇望するすべての人間にかかわる大問題なんだよ。要するに、幼馴染っていうふわふわとした定義で以って意味づけをしてるのはこっち側の、あたしたち人間側の都合なんだから、あたしは全然まだまだ幼いです! みたいな面持ちで? 面持ちっていうか心持ちで? 例えばキミとこうやって懇意にざっくばらんにベラベラしゃべってるあたしの自認が幼いとしてさ、あたしから見たキミの存在もまた幼いと定義づけたなら、それはもうあたしの世界観においては幼馴染の関係性が成立っていう話になるわけで。そういうさ、良くいえば利便性の高い、悪くいえば都合のいい理屈を批准して幼さを獲得することで、キミのことを幼馴染枠に取り入れることも可能なわけで、だけど一方でそれはあたしの世界観の内側の思考でしかなくて、つまり幼馴染っていうのはお互いに両想いの、お互いがお互いを『わたしたちは紛うことなき幼馴染です!』って認め合ってないと成立しない関係性だとも感じるわけよ。だから要するに、キミもキミでキミ自身のことを幼いって認識してもらったほうが、こっちが内的な準拠枠で練りあげて繰り広げてる幼馴染獲得作戦も捗るわけで、あたしとしてはキミのなかの幼いっていう定義というか概念を拡張させたいっていう願望があるんだけど、キミの内的な世界に土足でズケズケ踏みこんで、怪しげで猟奇的な療法みたいに刺激を与えて悪人を善人に変えてしまうかのごとく思考に手出しするのも絶対違うから、できることならキミのほうで自発的に解釈を変更していただければありがたい限りなんだけど、そこんところ、キミはどう思ってるわけ?」


「……」


「夏輝くん?」


「……あ、はい?」


「どう思った?」


「ええっと…………ぼくも量子さんと同じ意見です!」


「同じ意見って?」

「あ、いや、その……………すいません。なんだか難しいお話だったので、あんまりよく分かんなくて、途中離脱しちゃってました」


「ガーン。ショックー。理解できなくとも耳を傾けてくれることに意味があるってもんだよ青少年。お姉さんのお話をスルーするなんて、お仕置きが必要だねぇ」


「お仕置き……」


「でもまぁ、素直に罪を認めたってことで、心優しいお姉さんが情状酌量をしてあげよう」


「寛大なご配慮ありがとうございます」


「判決を言い渡す。死刑」


「情状酌量はどこへ!?」


「でも安心しな。執行猶予がある」


「死刑に執行猶予つけちゃダメでしょ……」


「じゃあ執行猶予はなしで」


「そもそも死刑が理不尽です」


「あたしの前では少年法なんて効かないんだからねっ!」


「なんでツンデレ風にいったんですか」


「と、いうわけで、やっちゃいますか! 生死をかけたゲーム大会! 種目はもちろんアタックロボ! あたしとキミの縁を繋いだ思い出深いゲームだね! 素敵!」


「生死をかけたゲーム大会はもはやただのデスゲームですからね。全然素敵じゃないですよ。アタロボがぼくたちの縁を繋いだ思い出深いゲームなのは否定しませんけど」


「ちょっと冗談抜きでいまから一戦交えない? もうMサテも終わりっぽいし」


 量子さんがテーブルのリモコンに手を伸ばし、テレビの消音状態を解除する。

 番組は終わり際をむかえていた。スタッフロールが爆速で流れるなかで、出演者が順番に一言二言しゃべっていた。優希と奏海もグループを代表して「楽しかったです」という趣旨のコメントをそれぞれ発していた。

 番組が終わってCMに。

 ぼくはリモコンの電源ボタンを押してテレビを消す。


「かなり酔ってるみたいですけど本当に大丈夫ですか? そんな状態で、ちゃんとコントローラー握れます?」


「問題なし! っていうかあたし、酒が入れば入るほど強くなるタイプだし」


「酔拳じゃないんですから。まあ、問題無いならいいんですけど」


「っし! 相手にとって不足なし! いざ尋常に! ここで会ったが百年目ぇ!」


「――そういえば、ぼくと量子さんって、初めて会ってからどれくらいになるんでしたっけ?」


「どうだろ。ゲームのなかのギルドで散々やり取りしてたけど、実際に会ったのは三ヶ月前くらいじゃない? 一度リアルで会ってみようぜってあたしが提案して、キミが乗ってくれて、一緒にランチして意気投合して。春先の暖かくなりつつあった当時、キミに出会う前のあたしはまだ、なにも知らない純粋無垢な乙女だったネ」


「無意味に含みを持たせないでくださいよ。まるでぼくが何かを知らしめたみたいじゃないですか」


「しらばっくれたらアカンすよ。純朴な乙女を弱らせたうえで容赦なくビッグマグナムを撃ちこんできたくせに」


「ゲームのなかのお話ですよね!?」


「#私たちはビッグマグナムに屈しない」


「何の運動はじめるつもりですか!?」


「#私たちは撃たれた」


「マジで何の運動はじめるつもりですか!?」


「#飲み過ぎて気持ち悪い」


「ほら! いわんこっちゃない! 気持ち悪いんなら一回吐いたほうがいいんじゃないですか? トイレは廊下を進んで左、玄関の近くです。介助要ります?」


「いや、お気持ちだけで大丈夫。ってか吐くのも大丈夫。大丈夫だけど……ちょっと、シンプルにトイレ行かせて」


「……行ってらっしゃいませ」


 このひと、たぶん吐くつもりだ。顔がそう言ってる。

 量子さんは壁を頼りにおぼつかない足取りで廊下を進んでいった。

 トイレのドアが開閉される音が聞こえ、直後、明らかに吐瀉していると思われる汚濁音がリビングまで。

 人気バンドのボーカルが、我が家で酒を飲んで吐瀉。

 普段は大衆に向かって想いの丈を吐き出している彼女が、いまは便器に向かって内容物を吐き出している。

 ぼくは卓上に散らかってる空き缶をビニール袋にまとめた。

 来週の火曜日が空き缶収集の日だ。優希にバレないように自分の部屋に隠しておこう。

 優希は、今しがた生放送を終えて緊張から解放されている頃だろう。Mサテに出演した日の優希は、いつも十一時ごろに帰宅する。現在時刻は午後九時。量子さんには、最低でもあと一時間ほどでお引き取り願おう。後片付けをしておかないといけないし、酒の臭いを消すための消臭作業も必須だ。

 アタロボをやるというのでゲーム機を起動させて、量子さんの帰還を待つ。

 吐く音は聞こえてこなくなったけど、水洗の音が断続的に聞こえてきている。

 ――本当に大丈夫かな?

 ぼくは立ちあがる。

 トイレにこもる量子さんの具合を確認するため廊下を進む。

 と、そのとき。

 ガチャッ。

 玄関のカギが開錠された。


「えっ」


 ドキッとしながら立ち止まって身構える。

 玄関扉が開く。

 現れたのは――優希だった。


「ただいまーっ。――あ、お兄ちゃん!」


 ぼくの存在を見つけて、笑顔の花を咲かせてくれる優希。

 彼女の手にはティッシュボックス。Mサテに出演すると貰える貴重な一品。

 直後、トイレのドアが開く。

 気持ち悪さから解放されて非常にすっきりとした面持ちの量子さんが登場。

 ふたりが鉢合わせに。

 互いに顔を見合いながら、目を瞬かせる。

 暫しの沈黙が流れたのち。


「――ぬえええええええええええええええっ!!」


 優希の絶叫が響いた。

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