第18話 異質なる扉

 ゲートの中は、思った以上に静かだった。

 採集隊として潜入したCランクゲート。討伐隊はすでに奥まで進み、ボス部屋直前で引き返してゲート外に待機している。そのため、この空間には採集メンバーしかいなかった。


 湿った石壁、ところどころに埋め込まれた魔鉱石の淡い光が、仄暗い通路をぼんやりと照らしている。

 蓮は採集用のツルハシを片手に、周囲を警戒するように視線を走らせた。


 ――やっぱり、違う。

 胸の奥に刺さるような感覚。どこか、二重ダンジョンの時と似ている。空気そのものが歪んでいるような、不快なざわめき。


「よっしゃー、こっちは鉱石出たぞ!」

「マジか、早ぇな。こっちはまだゴミしかねぇ」

「ははっ、腕の差ってやつだな!」


 仲間たちは軽口を叩き合いながら採集を始めている。

 中には「この前のEランクゲートで、戦闘組が死にかけてなぁ」と武勇伝を持ち出す者や、「S級覚醒者の討伐動画見たか? あれもう人間じゃねぇな」などと盛り上がる者もいた。


 和やかな空気。

 だが蓮だけは、笑いに乗れずにいた。ツルハシを振り下ろしながらも、耳に入ってくる会話よりも、この場の「ざらつき」に意識を取られてしまう。


 ――これは、本当にCランクか?


 そんな時だった。


「おい! ……なんだ、あれ」


 一人の若い採集者が、奥の通路を指差した。

 視線の先には、討伐隊の報告にはなかった異様な存在があった。


 漆黒。

 ただ黒いのではない。光を呑み込むようなどんよりとした闇の色をした、背の高い扉。周囲の岩壁には不自然なほど馴染んでおらず、まるで異物を無理やり埋め込んだかのように浮き上がっている。


「……扉?」

「いや、報告にはなかったぞ、こんなの」

「隠し部屋か? ってか、宝物庫とかだったりしてな!」


 ざわめきが広がる。

 蓮の背筋に、冷たいものが走った。


 ――なぜだ?

 討伐隊は確かに全域を踏破しているはず。報告にも記録にもなかったものが、どうして今、目の前に現れている?


「お、おい! 開けてみようぜ!」


 若いモブが興奮気味に扉へ駆け寄った。

 その背中に、蓮は思わず声を上げる。


「やめた方がいい!」


 叫ぶような大声ではない。だが、全員に届く程度の強さで。

 しかし、興奮に包まれた空気は蓮の声を掻き消す。


「大丈夫だって! どうせハズレなら笑い話になるしな!」


 軽口を叩いたその男が、漆黒の扉に両手をかける。

 重々しい音もなく、するりとそれは開いた。


 ――瞬間。


「うわっ……」

「な、なんだこれ……」


 扉の奥から、風のような力が吹き出す。いや、違う。

 力そのものに「引き込まれている」のだ。


 蓮以外の採集メンバー全員が、抗う間もなく扉の中へと吸い込まれていった。まるで光に群がる蛾のように、無意識のまま。


「……っ!」


 蓮は唇を噛み締めた。

 なぜ自分だけが踏みとどまれているのか。それすら分からない。だが、一人で残れば――この先、どうなるか。


 仕方なく、扉の中へと足を踏み入れる。


 ――バタン。


 背後で、勝手に扉が閉まった。

 その瞬間、蓮の中で張り詰めていた違和感が爆発する。


 あの時と同じ。

 二重ダンジョンが姿を変えた、あの瞬間と――まったく同じ「悪寒」。


「……やばい」


 足元がぐらりと揺れたかと思うと、次の瞬間、景色が切り替わっていた。


 そこは、石造りの大聖堂のような空間。

 高い天井、並ぶ柱、ひび割れたステンドグラス。だが荘厳さよりも、ただただ「死の匂い」が濃厚に漂っている。


 ゾクリ、と背筋を冷たいものが走った。

 蓮は確信する。


 ――これは、普通のゲートじゃない。

 間違いなく、何かが起こる。


 その「尋常ならざる気配」に身震いを覚えながら、蓮は周囲を見回した。


 そして物語は、次なる異変へと進んでいく――。

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