第二章 偽りの英雄、真実の影
第9話 虚構の英雄
崩落した瓦礫の中、赤黒い血が乾きかけていた。
ブラッドオーガの巨躯は、もはや影も形もない。ただ、討伐の痕跡だけが生々しく残されていた。
現場を封鎖したのはギルド協会の調査隊。
その中心に立つのは、日本覚醒者協会の頂点――会長・天城剛士。
日本で初めてS級に到達した討伐者であり、今もなお生ける伝説と呼ばれる人物だった。
その隣には、つい先日、蓮の魔力量を再測定した調査員。
そして、炎のような赤髪を束ねた男――大手ギルド《紅蓮》のギルドマスター、篠崎烈火が腕を組んでいる。
「……それで。生き残ったのは、君たち三人だけというわけだな」
会長の重い声が、静まり返った現場に落ちる。
蓮と小田桐が言葉を探す中、橘が一歩前へ出た。
彼の表情には疲労の色が濃い。それでも声ははっきりと響いた。
「はい。……ボスは、俺が……やっとの思いで仕留めました」
「ほんの僅かな差で生き残れたのは、俺たち三人だけです」
会長は鋭い眼光で橘を射抜く。
「君が仕留めた……そう言うのだな」
橘は唇を結び、力強く頷いた。
「ええ。俺以外には、到底倒せるものじゃありませんでした」
沈黙。
やがて、会長は小さく息を吐いた。
「……分かった。その功績は協会としても認めよう。橘、君の名は広く知られることになるだろう」
その言葉を聞き、橘の表情はわずかに緩む。
だが隣で聞いていた蓮は、胸の奥に重苦しいものを覚えていた。
(……これでいい。俺が表に出る必要はない。証拠はすべて消えた……)
だが、その空気を断ち切るように烈火が口を開いた。
「ふん……だが腑に落ちねえな」
視線は真っ直ぐ、蓮を射抜いていた。
「お前みたいなFランクが、どうやってこの場に立っていられる? ……不自然だろう」
蓮の胸がひやりと冷たくなる。
答えを探す前に、小田桐が慌てて口を挟んだ。
「か、彼は……本当に、戦力にはなっていませんでした。ただのFランクです。……回復すら、満足にこなせなかったんですから」
烈火は鼻で笑った。
「なら奇跡ってやつか? 二度も地獄をくぐり抜けるなんざ、俺は信じねぇな」
会長の目がわずかに細まる。
その眼差しは烈火ではなく、静かに蓮へと注がれていた。
(……二重ダンジョンに続き、今回もまた生き残った。二度の奇跡……いや、偶然にしては出来すぎている)
会長は心の中で呟く。
――もしや、この少年は“再覚醒”の可能性を秘めているのではないか。
しかし、口には出さない。ただ橘の功績を強調し、調査を締めくくった。
「橘、よくやった。君の功績は討伐者全体の誇りだ」
会場の空気は、橘こそが英雄であるかのように固まっていく。
その隣で、蓮はただ黙っていた。
(……俺じゃない。俺は、表には出ない……)
だが胸の奥で、別の声が囁く。
(――それでも、俺が強くならなきゃ誰も守れない)
拳を固く握った瞬間、視界に淡い光が揺らめく。
デイリーミッション、ストレージ、レベルの表示。
“システム”が静かに彼を呼んでいた。
――その夜。
会長は烈火と共に帰路につく。
「烈火」
「……なんだ」
「お前はまだ若い。目に映るものだけを信じるな」
会長の声は低く、確信めいていた。
「神谷蓮……あの少年は、必ず何かを隠している」
烈火は苛立ちを隠さず、吐き捨てる。
「ならば俺が暴いてやる。……燃やし尽くしてでもな」
二人の視線の先。
病室の薄暗がりで、神谷蓮は一人、静かに拳を握りしめていた。
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