第7話 討伐支援ミッション
病室のカーテン越しに差し込む光で目を覚ますと、時計の針はすでに午前十時を回っていた。昨日の疲労が残っていたのか、いつもより深く眠り込んでいたらしい。
枕元に視線を移すと、やはり目の前にはシステムのウィンドウが浮かんでいる。相変わらず現実味のない光景だが、今やそれが日常になりつつあった。
「……今日も、やらなきゃな」
デイリーミッションを怠れば、再びペナルティに放り込まれる。あの悪夢のようなヘルハウンドとの鬼ごっこを思い出し、背筋に寒気が走る。
布団から身を起こし、身体をほぐそうとしたその時、病室のテレビからニュースキャスターの緊迫した声が響いてきた。
《速報です。新宿御苑付近に発生したDランクゲートは、出現からすでに十二時間以上が経過しました。しかし攻略は難航しており、先行した部隊で死傷者が出ている模様です。ギルド協会はこれを受け、追加の覚醒者を編成し、二次討伐を実施すると発表しました》
映像が切り替わり、ゲート前に集結する討伐隊の姿が映し出される。厳重な警備、規制線の外には報道陣がひしめき合っていた。カメラがズームした先、列の後方に一人の女性が映る。
「……小田桐さん」
画面越しに映るその顔は緊張で蒼白に染まっていた。だが、彼女は必死に足を進め、仲間たちに続いてゲートへ向かっている。
蓮は思わず拳を握りしめた。
彼女と共に死線を越えたあの日の光景が蘇る。瓦礫の中、必死に仲間を支えていた彼女の姿。泣きながらも前を向いていた強さ。
「……行くんだな」
蓮は小さく呟いた。
心の奥に、得体の知れない焦燥感が渦巻く。自分は病室に縛られ、彼女は命を懸けてゲートに入ろうとしている。
「俺なんか、まだ……レベル5程度じゃ何もできない」
そう言い聞かせるように呟く。
けれど胸の奥では、違う声が囁いていた。
――行かせていいのか?
――見ているだけでいいのか?
その瞬間、目の前のシステムウィンドウが激しく明滅した。
【新規ミッションが発生しました】
「……え?」
慌てて視線を向けると、赤く縁取られた通知が浮かび上がる。
【エクストラミッション:討伐支援】
対象:Dランクインスタンスゲート(新宿御苑)
条件:参加必須。拒否不可。
達成報酬:未開示
「……は?」
蓮は目を疑った。拒否不可。参加必須。つまり選択の余地はない。ペナルティと同じ、一方的な強制だ。
「ちょっと待て! ふざけんな……!」
声を荒げるが、無情にもカウントダウンが始まる。
【転移開始まで 10……9……】
「待て待て待て! 俺は、まだ準備なんて……!」
ベッドから飛び起き、ストレージを開く。そこにはデイリーミッションの報酬で手に入れた《精錬された鉄製の短剣》と《ヒールポーション》が収まっていた。
震える手で短剣を掴む。たったそれだけの武器。心許ない装備。けれど、素手よりはましだ。
【……3……2……1】
「う、嘘だろ……っ!」
眩い光に包まれ、病室の景色が掻き消える。足元が浮かぶような感覚に襲われ、次の瞬間、重苦しい空気が肺を圧迫した。
目を開けると、そこは石造りの広間だった。天井の割れ目から漏れる赤黒い光。湿った空気と鉄の匂い。間違いなくダンジョンの内部。
「まさか……マジで来ちまったのか……」
背後から、ざわめきと足音が聞こえてくる。振り返ると、討伐隊の後方部隊がこちらに入ってくるところだった。数名の覚醒者が、武器を構えながら周囲を警戒している。
そして、その列の中に。
「……っ」
見覚えのある顔があった。
緊張で顔色を失いながらも、必死に前を見据えて歩く――小田桐美沙。
蓮は思わず目を見開いた。
そして、彼女もまた異変に気付いたのか、ふと振り向いた。
「……神谷さん?」
驚愕に満ちた瞳と視線が交わる。
蓮は短剣を握りしめながら、心の中で毒づいた。
「ふざけんなよ……システム」
逃げ場はもう、どこにもなかった。
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