第5話 報酬の選択

 病室の天井に、朝の光が反射していた。

 昨日、ペナルティダンジョンから戻った直後、気を失うように眠り込んだらしい。

 体に重さはなく、むしろ妙に冴えている。寝覚めの悪さもない。

 だが、目を開けた瞬間から――やはり、光の画面が視界に投影されていた。


 「……やっぱり、夢じゃなかったか」


 ベッドに腰を起こし、半ば諦めのように視線を投じる。

 そこには見慣れない、けれど確かに昨日と同じシステムウィンドウが浮かんでいた。



【ステータス】

 名前:神谷 蓮

 Lv:2

 STR:2

 DEX:2

 VIT:2

 INT:2

 WIS:2

 AGI:2

 MP:2


 未使用経験値ポイント:3



 レベルが、上がっている。

 昨夜の死に物狂いの逃走劇が経験値になっていたのだろう。

 ポイントは三つ。昨日と同じだ。まだルールの全貌は掴めていないが、どうやらレベルアップのたびに自動で各ステータスが一ずつ上がり、さらにボーナスポイントが加算される仕組みらしい。


 「……とりあえず、昨日と同じようにSTRに振っておくか」


 頭で念じると、数値が三から五へと跳ね上がった。

 わずかなのに、拳を握っただけで筋肉が張る感覚がある。現実離れしている。


 それでも、思考はすぐに昨夜の光景へと引きずり戻された。

 ――赤いネームを持つヘルハウンド。

 あれは、格上の証だった。

 制限時間ギリギリまで追い詰められ、喉を食い破られる寸前まで迫られた。

 今思い返しても、背筋が凍る。


 「……その報酬が、D級ダンジョンのチケットか。もしあれ以上の難易度だったら……」


 考えただけで汗が滲む。

 だが同時に、心の奥に小さな興奮が芽生えているのも否定できなかった。

 昨日まで無力なFランクだった自分が、確かに力を得つつあるのだ。



 朝食を済ませたあと、いつのまにかデイリーミッションの欄が更新されていた。

 新しいウィンドウが半ば強制的に視界に飛び込んでくる。



【デイリーミッション】

・腕立て伏せ ×50

・病院敷地内をランニング ×3周

・精神集中(瞑想)10分



 「……昨日より、ちょっとハードになってないか?」


 小さくため息をつきながらも、蓮はベッドを抜け出した。

 昨日の地獄を思い出せば、怠けるという選択肢は存在しない。

 ペナルティだけは、二度と御免だ。


 中庭の片隅で腕立て伏せを数え、ゆっくりと呼吸を整える。

 病院の白い建物を背景に、リハビリ患者たちが散歩している。

 その視線を気にしながらも、ランニングをこなし、最後はベンチに腰を下ろして瞑想に入った。

 目を閉じると、風の流れや遠くのざわめきが鮮明に聞こえてくる。

 昨日よりも集中できている気がした。


 気がつけば、日が傾き、オレンジ色の光が廊下を染めていた。



 そのとき、不意に通知音が耳元に響いた。

 反射的に目を開けると、ウィンドウが新たに展開される。



【デイリーミッション達成】

 報酬を選択してください。


 ①ランダムアイテム

 ②全回復



 「……また選択肢かよ」


 蓮は喉を鳴らしながら迷った。

 体調に異常はない。全回復は今は不要だ。

 ならば残るは――ランダムアイテム。

 未知数のリスクはあるが、未知だからこそ試す価値がある。


 「よし……ランダムアイテム、選択」


 口に出した瞬間、手のひらに小さな光が集まった。

 まるで結晶のように透明な塊が形を取り、静かに落ちてきた。


 「な、なんだこれ……?」


 思わず声が漏れる。

 隣の通路を歩いていた看護師が怪訝そうに振り返った。

 蓮は慌てて結晶を胸元に隠す。


 「……やっぱり、見えてるのは俺だけか」


 冷たい視線に背中を向けながら、結晶をストレージへ格納する。

 次の瞬間、詳細ウィンドウが自動的に開かれた。



【転移結晶】

 使用すると、任意の場所へ一度だけ転移可能。

 使用後、結晶は砕け散り消失する。



 「……転移、だと?」


 息が止まった。

 一度きりとはいえ、好きな場所に転移できる。

 それは生死を分ける切り札になり得る。

 戦闘中の退避にも、追い詰められたときの脱出にも使える。


 蓮は無意識に結晶が収まったストレージを握りしめた。

 「……これ、マジでヤバいアイテムじゃないか……?」


 日が完全に沈む頃、胸の奥で恐怖と同じくらいの昂ぶりが脈打っていた。

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