出会いと会話

俺は自宅のベッドに寝そべりながらいつものように考える。



人間が死ぬ時に何を思うのだろうか。それは人それぞれ違うと思う。家族、恋人、友人。



俺は何を思い浮かべるのだろうか。



俺は死ぬ時に誰を思い浮かべ、死ぬのだろう


そんなことを考え出したのはここ最近だ。



余命宣告をされて数ヶ月が経ち、その期限の終わりが迫って来るような時。そこで改めて俺は思った。



俺って死ぬんだと。



体は思い通りに過ごせるということもなく、宣告をされる前に比べて体が弱っているのは自分でも分かる。そしてそれが死へと向かっていることも。


でも、余命宣告をされた時は現実的に考えられず、唖然とするしかなかった。時間が経過し、俺の中で体がどんどん悲鳴を上げていく度に現実感というものがどんどん高まっていく。そうなって俺は死というものを考えるようになったんだ。





俺は死んでどこに行くのか。


俺が死んだ時に泣いてくれる人はどれだけいるのだろうか。


俺がこの世界に生まれた意味はあったのか。



26年間という時間は世間一般で考えればまだ短いかもしれない。だけどそれが俺の生きてきた時間。そしてそれが伸びる可能性が皆無に近いのは俺も分かっているんだ。


だからこそ、そんなことを考えてしまうんだろう。









そしてそんな考えで頭が支配されている時にスマホの広告で『声で繋がりませんか?』というものがあった。


この言葉に自然と引かれて俺はタップしていたのだ。そのタップした先には『voice』というアプリがあり、説明欄を見るとそこには『声だけで繋がってみませんか?相手は指定できず、どこかにいる方と繋がります』というもの。



「インストールしてみるか」


自分の寿命はいつ終わりを告げるのか分からないのだ。それに宣告の期限は近付いているけど、予想以上にまだ体が動けている。そのこともあって週に数度、病院へ通院するだけで済んでいるのだ。




このアプリの広告を見たのも何かの縁だろう。



インストールし終わり、アプリを開いてみると行うことは規約の同意と生年月日の入力とニックネームを決めること。


すると、もう電話を出来るようだった。



その前にプロフィールの詳細情報や一言などを書いてから電話をする方がいいらしく、その辺りも埋めることにした。性別、世代、出身地などの項目があり、それを埋めていく形式らしい。




埋め終わり、一言のところには当たり障りな感じで『よろしくお願いします』という入力をして早速電話をしてみることにした。


緊張がないと言えばウソにはなるけど、今まで触れてこなかったものに触れたことで未知への好奇心に取りつかれてしまったようだ。電話のボタンを押して、何回コール音がした後に繋がった。





いざ電話をしてみたものの、最初の第一声は何を言えばいいのだろうか。変なことを言ってすぐに切られるのだけは避けたいしと色々と考えている間に相手の方から挨拶をしてくれた。



『よろしくお願いします』


相手の声は女性で…とてもキレイだった。だから僕は何も考えることなく、発してしまった。



『キレイな声ですね』


頭で考えるよりも前に言葉が出てしまうというのはこういうことを言うんだろう。これで切られたら最悪だけど、切られたとしたら僕の責任だな。


そう思っていたんだけど、相手はそこまで不快に感じていないようでまだ話してくれた。



『ありがとう。そんな風に言ってくれると嬉しい』



『こっちこそ、そう思ってくれて良かった。すぐに切られるかもと一瞬覚悟していまましたから』



『なんで?』



『だって第一声にキレイな声なんて言ったら嫌がられるかなって』



『そうかな。私は言われて嬉しかったけど』



『それなら本当によかった』


頭で考えずに出てしまったことだけど、次の通話の時はしっかりと考えてから第一声を発そう。そうしないと次こそ切られてしまうかもしれないから。



『あなたのことはユウくんって呼べばいいかな?』




『うん。じゃあ、俺はリオさんと呼べばいいですか?』



『大丈夫だよ』


それから話して分かったのは…俺とリオさんは思ったよりも話があうということ。誰かの話を聞くということに対して、ここまで気分が良い気持ちになったのは初めて。



まぁ、引退してからは好きな同世代と会うこともほとんどなかったし、話すのは医者か家族のどちらか。たまに来てくれる友人たちと話すのも面白いが、みんな俺に気を使っているのが分かってしまうため、楽しい気持ちで話すことはあまりできなかった。かと言って見舞いに来ないでいいと伝えるのも彼らを傷付けてしまうんじゃないかと思ってしまうとできない。




『リオさんって話がうまいね』



『そうかな、別にそんなことないと思うけど』



『いや、リオさんを聞いているとこっちも話に引き込まれる感じがしてね』


でも、お互いにプロフィール以上のことを話している。僕がプロフィールに書いたのは年代と性別、一言ぐらいであんまり自分を開示していない。



そして繋がった相手のプロフィールを見ることもできるため、リオさんのも分かる。リオさんのプロフィールに書いてあったのは俺と同じで性別と一言だけ。その一言には俺よりも簡素な『よろしく』だけ書かれていた。俺も同じだが、あんまりプロフィールから相手を理解できない感じだ。



『そんなこと言われたの初めて』



『そうなんですね。初めて話したけど、とても楽しかった』



『ユウさんと話すのも楽しかった』



『そう言ってもらえるとこっちも嬉しいよ』


この通話アプリは決まった人にできるわけではないので、切れば次に繋がるかは分からない。いや、ほぼ確実に同じ人に繋がることはあり得ないと言っても良い。



『また次の機会があったらよろしくね、リオさん』



『うん、こっちもよろしく、ユウさん』



そして通話を切った。







静寂に包まれた部屋の中でさっき話していた、リオさんのことを考える。彼女との話し合いの中で年齢や趣味なども話していない。話したことはリオさんが最近会ったことや、僕が体験した数年前の出来事などを話した感じだ。僕の方は年齢を20代と設定した。リオさんの方は設定していないため分からないというのが正直なところだけど、声質や喋り方を踏まえると僕とさほど年齢が違うとは思えない。たぶん、僕の年齢よりも5つぐらい下の年齢と予想しているけど、もう関係ない。



会うことはないからな。





そう思っていたが、次にアプリを使った時にまたリオさんと繋がることになるとは思いもしなかった。

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