見えない、触れない、匂いもない、味もしない、聞こえる声
普通
声だけしか知らない2人
人間の五感こと視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の中でも視覚から得る情報は大きいものだ。
例えば、人と会う時にまず第一印象は見た目。その見た目を判断するのは目から得る情報、視覚から得る情報。その視覚から情報を封じられたら、それ以外の四つの感覚を研ぎ澄ませるしかない。
でも、俺が今使えるのは聴覚だけ。それは他の四つを使えるような状況じゃないだけ。スマホの奥から聞こえて来る声はとても心地よくて、話そうという気持ちを持っていないとすぐに虚空に落ちてしまいそうになる。
『ねぇ、聞いてる?』
相手も俺が何の相槌を打たないことを不満に感じたのか、明らかに声が低くなっている。
『聞いてるよ』
『ほんと?』
『嘘は付かないよ』
『じゃあ何のお話をしていたか教えてくれる?』
そう聞かれると思っていた。でも、俺はもちろん上の空だったので何を話していたのか分からない。
『ごめんなさい。聞いていませんでした』
『その謝罪を受け入れましょう。私は優しい人間だからね』
『はい、優しい人です』
『なんか…キミがそんな風に言うと全て嘘っぽいんだよね』
『それは悲しいな』
いつものやり取りをしているをしている自分は笑っている。一週間前の俺が自分を見たら間違いなく驚くな。
でも、俺はこの他愛ないやり取りをしてお互いに近況を話すこの時間がとても好きだ。お互いの顔やどこに住んでいるのかも知らない。
年齢だって分からない。分かっているのは相手が女性であること、そして声がとても綺麗な人であるということ。それ以上のことは知らないし、知る必要もないので知ろうとも思わない。
だって知ったとしてもお互いに意味がない。
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