第17話「まさかの奇遇」
「……三浦貴之が覚醒剤使用してる確かな証拠はあるの?」
新宿歌舞伎町のとある喫茶店。対座する河野にそう問われた吉田は、「物証ってやつはないんですけど、知り合いの役者に三浦貴之の飲み仲間がいて、かなり突っ込んだこと知ってる奴なんです。そいつからの情報なんで間違いないです」と力説した。話の中身が希薄な割りには言い方に熱がこもる。
河野はあきれ顔で「飲み仲間あ? じゃあその人紹介してよ」と注文をつけた。
「いや、絶対表に出ないという約束でそいつから情報もらってますんで」と吉田はかわした。
「大丈夫だよ、取材源の秘匿はちゃんと守るからさ」との河野の説明にも、吉田は「いや、本人、この件で自分以外の誰とも接触したくないと強情張ってるんで、勘弁してください」と、情報提供者の口外を拒む姿勢を崩さない。
「でもこの情報は確かですから、三浦貴之の身辺洗えば絶対出てきます!」
吉田は胸を張って主張した。
「だから情報は確かってことを示す情報をここで出してよ。ただそれっぽちの情報で俺が編集長に企画出すの? それで編集部が動くと思ってるの? この仕事舐めてるでしょ?」
吉田があまりにいい加減なものだから、河野はつい説教するみたいに口を尖らせた。
吉田もたまらず肩をすぼめ、小さく縮こまった。
「……おしいなあ……身辺洗ったら、ぜったい特ダネとれると思いますけど……」
吉田は河野の顔色をうかがいながら、恐る恐る言う。
「だから、編集部をうならせるような確かな情報もってこいって」
「確かな情報かどうかは調べればわかるかとですけどね。だって、それに関しては、お宅らのほうがプロなわけですから……」
吉田のこの言い草に、河野の眉はとうとうつり上がった。
「プロだからこっちは情報に確度を求めてるんだよ! お前マジで舐めてんのか!」
河野の怒鳴り声に、周囲の客の視線が集まる。
「あーあ、やっぱりやめとくんだった。これだからトーシロの情報提供は当てにするもんじゃない」
河野はさっさと立ち上がると、「この後予定が入ってるから。これで。ここ払っといてね」の台詞を残して立ち去ってしまった。
残された吉田は大きくため息をついた。
(俺の過去透視能力を使って見抜いた情報は完璧に真実なのだが、それを証明できる術がないのが難点なんだよな)
頬杖をついて考え込む。
(いっそのこと、本当のことを言うか……「過去透視能力があるんです」……)
もっと怒られるに違いなかった。
吉田はあれこれ考えながら、ふと窓ガラス越しの景色に視線を移した。忙しないビジネスマン、スマホに視線を落として歩く若者、水商売風の女性、ぞろぞろ歩く外国人観光客の団体など、多種多様な人々が通り過ぎてく。
(……? あれは……!)
それを見て、吉田は目を疑った。
歩行者の群れに混じって歩くその人は、彼が秘かに片思いを抱く女性・鳩山一華だった。
間違いなく彼女だ。吉田は、何度もファミレスに通い、働く姿をその目で焼き付けている。見間違えるわけがなかった。
(どうしよう……どうする)
吉田は頭に血が上ってじっとしていられない。この店に一人で仕方なかった。かといって意中の女性が目の前にいるのにそれを放って帰るのも忍びない。
吉田は、立ち上がった。
素早く会計を済ませて店を出ると、確かに彼女が通り過ぎた先に目を凝らした。美しい黒髪をなびかせるすらりとした体格の後姿が雑踏に紛れているのを見いだせた。吉田はそちらに向かって一歩踏み乱すと、慎重な足取りで跡をつけて行った。
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