第4話「初めての成功体験」
吉田は、ベンツの後部座席から出てきた会社の重役風の風格ある白髪男性を見て、ひらめいた。
吉田は、老人がすぐビル内に入らず、会社幹部らしい複数の取り巻きたちとしばらく立ち話している時間を利用して、白髪頭を眺めながらその過去に思いを巡らす。
すぐにあやしき映像が浮かび上がった。
それはホテルの一室で裸同然の老人が学生服を着た女子高生に万札数枚を手渡している光景。
(金持ちジジイの定番だな)
あまりにもわかりやすい闇過去に吉田は噴き出しそうになりながらも、この間、次に移すべき行動を素早く頭の中でシミュレートしていた。
白髪紳士が取り巻きを従え入って行ったビルの看板に目を通す。
ジェトロ株式会社。
海外にも複数の支社を構える世界的な大手医療機器メーカーだ。
清純派で知られる有名女優を起用したテレビコマーシャルは有名で、不祥事など聞いたことはなく、健全クリーンなイメージで通っている。
吉田もむろんその威名については承知している。
吉田はビルから少し離れた並木の陰に回ってスマホを取りだし、「ジェトロ 会長」と検索する。
社長、常務専務あたりの線も濃厚だが、上役であることは間違いない。
吉田の勘はズバリ的中した。
「ジェトロ 会長」と検索してトップに出てきた「相島等」の紹介ページに入ると、そこに掲載された顔写真はまさにさきほど見た白髪紳士のそれであった。
吉田は心の中で快哉を叫んだ。これで第一段階はクリアした。
次に吉田は、ジェトロ会長と取引するための「文書」作成に取りかからねばならなかった。
自宅アパートに帰宅し、パソコンを起動してワード文書を開く。そこに次のような文章をしたためた。
突然このような不躾なお手紙をお許しください。
当方、かつて相島様のお世話になった女子高生Aの知人でございます。
その私が相島様にご相談のお手紙をお渡しする用向きは他でもない、Aに関することでございます。
実は、Aの実家が破産し多額の借金を背負ったために、A自身も困窮しております。
そこで何卒、相島様のお力添えをいただけないかと、誠に失礼ながらこのような手紙を差し出した次第です。
具体的には、15万円ほどご融通いただけますと、Aは急場をしのぐことができ、大変感謝するかと思います。
現金を入れた封筒を下記の場所に隠し置いていただけますと幸いです。
東京都豊島区池袋の相合河童公園女子トイレ内給水タンクの中
ここに、×月×日の午前7時までに、水に濡れないようにしてご用意ください。
誤解なきよう申し上げますが、この手紙はAに頼まれて送るわけではなく、身近でAの困窮を目の当たりにし、いても立ってもいられなくなった私の勝手な判断による行為であることを申し上げておきます。
もしお約束いただけない場合は、直接御社におうかがいさせていただくことになるため、ご容赦ください。
ちなみに当方、反社関係の者はではないのでご安心ください。
これに味をしめて絞り取るようなことは絶対にいたしません。本当に今回一度のみのお頼みでございますので、何卒お助けくださいますようお願い申し上げます。
この手紙に書かれている内容が事実かどうかなど、どうでもよい。
相島等にとってAが誰であるかわからなくてよいし、知っても知らなくても大した違いはない。
おそらく相島等が面倒をみた女子高生は一人二人じゃきかないだろう。
相島等にとって重要なのは、とにかく何でもいいからこの奇怪な手紙の送り主と早く関わりを断ち切りたいということのはずだ。
15万円でそれができるのなら安いものではないか。
15万円という金額は、吉田が喧嘩を売って辞めた物流倉庫アルバイトの月収と同額のものだった。
調子にのってあまり高い金額を吹っかけると向こうも考えるだろうし、15万円なら大企業のお偉方にとっては一晩の飲み代で消える程度の金額に過ぎず、迷うことなく手を打つだろうと計算したのである。
女子高生と性交している相島が警察に相談することはあり得ないと思われた。その時点で相島は身の破滅である。
指定の日の午後13時頃、メガネをかけてマスクをした長い黒髪姿の女性が、池袋の相合河童公園の女子トイレに入っていった。
それは女装した吉田であった。
吉田は身長160㎝程度と男性にしては小柄なので、女装しても背の高い女性という印象しかない。
公園内には複数の親子連れがいて、遊具周りや砂場は駆け回る子どもたちで賑わっている。
トイレに入った吉田が給水タンクの蓋を開けると、果たして丸められた封筒が水面にかからないよう上部のほうに工夫されて入っていた。
こんなに上手くいくものかと、吉田は感動よりもちょっと信じられないという気持ちになった。
一分ほど置いて水を流し、そおっとドアを開けて何でもないふうにトイレから離れていく。
池袋駅にたどりつくまでは、誰かに声をかけられはしまいかとヒヤヒヤした。監視や尾行を避けるため指定時刻からたっぷり時間を空けて来たが、それでも懸念はあった。帰宅するまで幸い何事も起こらず、吉田は労せずして15万円を手に入れた。
こうして吉田は他人の過去をメシの種にする味を覚えた。
その後吉田は人には言えない秘密の過去情報を握っては、巧みに接触してゆすりたかりに使い、ほどほどの金額を脅し取る犯罪ビジネスに手を染めることになった。
ところがこの特殊な能力を使ううちに、他人の過去の透視と引き換えに自分の中から何か大切なものを失うという、ちょっと切ない欠陥があることに吉田は気づくのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます