第3話「喧嘩してバイトを辞め、過去透視を使った闇ビジネスへ」

人に勧められるまま深く考えず受診したMRI検査が、吉田の人生を変えた。


MRI検査中に軽い気持ちで宇宙のことをイメージしたら、目の前で光線のようなものがバチバチと激しく飛び散り、頭の奥で耳鳴りがして、それが治まったと思ったら、なぜか他人の過去が映像で見えるようになった。


宇宙の幽遠神秘な力によって脳のある部分の機能が開花し、唯一無二の超絶能力がこの手に与えられたとしか吉田には思われなかった。


元来の吉田は無口で大人しく、自己肯定感の低い男だった。


それがこの力を手にして以降、自分が何か特別な存在になったような気がして、外を歩くときも顎は上がるわ肩はそびやかすわ、優越感に酔いしれる自分をはっきりと感じた。


こうなると職場でも遠慮がなくなり、自分を通すことも多くなった。


そのような態度は、年下社員に理不尽ないびりを受けたとき、頂点に達した。


これは吉田にとって職場で示すはじめの抵抗であり反乱だった。


吉田が勤務するアルバイト先は、大手運輸会社の荷物を引き受ける物流倉庫で、ベルトコンベヤーに流れてくる荷物をエリア別に仕分けし、ゴンドラに乗せるというのが業務内容であった。


覚えることも少なく慣れてしまえば簡単な流れ作業だが、重たい荷物も多く、力と根気が必要で、単純労働でも楽な仕事というわけではなかった。


40に差し掛かる年齢の吉田にとってはとても気が抜ける肉体労働ではなく、常に気を張って業務に当たっていた。


事件は、隣のラインを担当するアルバイトが無断欠勤したときに起こった。


ライン全般を統括している年下社員は、吉田に無断欠勤したアルバイトの担当ラインも同時に仕分けにあたるよう指示した。


この指示を事務所で受けたとき、吉田は唖然となったが、人手不足の状況では一人が複数のラインを請け負うことは希にあり、吉田自身は経験なかったものの、拒否する理由も見つからず、「わかりました」と返事するしかなかった。


「ヨッシーはこのバイトはじめて半年でしょ? 大丈夫イケルイケル、つーか、それくらいできてフツー、それくらいやってもらわないと、給料払ってる会社としては損だしね」


薄ら笑いを浮かべて吉田に言う年下社員の口調には明らかに侮蔑がこもっていた。


しかしこの指令は吉田にはまったく荷が重いものだった。


荷物と荷物の間隔が空いているときは複数ラインでも同時に対応できたが、荷物の量が増えたときや立て込んだときはどんどん流れてきて、まったく追いつかない。吉田は全身から大量の汗をかき、反復横跳びの猛特訓をする陸上競技の選手さながら激しく動き回ったが、一人ではとても回しきれない状況になった。しまいには足がぷるぷると震えて動かなくなり、その場にへたり込むという醜態を演じた。ゴンドラに乗せるはずの荷物は流れ去り、関係ない別エリアのところまでどんどん流れていく。異変を聞きつけた社員たちが事務所から飛び出してきた。


「使えねえオッサンだな全く、いつまで座り込んでんだこのボケが、てめえみたいなぼんくらには一円の給料だって高いぞ」


年下社員はテキパキと動いて荷物を仕分けながら、吉田にそう毒づいた。


ここで吉田はプッツンしたのである。


(もう我慢しなくていい)


すくっと立ち上がると、荷物を乗せたゴンドラをガツンと蹴飛ばし、年下社員が振り向くと同時にその胸部を突き飛ばした。


たちまち荷物そっちのけでつかみ合いになり、周りの従業員が気づいて止めに入るまで乱闘が続いた。


「こんなクソバイトやめてやる!」


吉田は捨て台詞を吐くと、集まった従業員たちの塊に背を向けて歩き出した。


「てめえクビだよバカ、何がやめてやるだ、仕事もできねえくせにカッコつけんじゃねえ」


吉田は、年下社員の浴びせる罵声を背中で受け止めると、立ち止まり、静かに振り返った。


そして不敵に笑いながらこう吐き捨てた。


「二人も子ども殺したゲスの犯罪野郎、さっさと地獄に落ちてチンチン焼かれろ」


高校時代と大学時代に恋人を妊娠させ、二人とも堕胎させた年下社員の過去を、吉田は知っていた。


吉田は静かに歩き出した。


音もなく静まり返る状況に、言葉を失うほど驚愕している年下社員の間抜けぶりを想像し、吉田は満足した。


仕事はつまらないし、職場の人間関係は最悪だし、いつでもやめたいと考えていた吉田にとってはよい潮時だった。


何より例のあの能力を秘めた自分は無敵で、こんなクソバイトなんかせずとも何とか生きていけるという自信があった。


しかし、人にはない特殊な力とはいえ、これを使ってどうお金を生み出すというのか?


正直、ぜんぜん妙案が浮かばなかった。



道を歩きながらいろいろと思案していたら、大企業の自社ビル前に停められたベンツに目が止まった。


そこで思いついたアイディアは、危険な橋を渡るものだったが、上手くやれば簡単にお金が稼げると吉田は考えたのである。

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