第4話 閉ざされた書斎の謎

父と村田さんの会話は、書斎へと場所を移していた。

私はこっそりと後をつけ、書斎のドアに耳を澄ませる。

リビングでの会話よりも、さらに具体的で生々しい情報が、二人の間を飛び交っていた。

「被害者は山崎辰五郎、72歳。オートマタ、つまり西洋のからくり人形の収集家として有名な資産家だ。性格は偏屈で、家族との仲もあまり良くなかったらしい」

村田さんの説明が聞こえる。

「事件当夜、彼はいつものように書斎に篭っていた。夕食後、家政婦の相馬聡子が夜食の紅茶を運んだのが、最後の目撃証言だ。その一時間後、聡子が出来上がった洗濯物を届けに書斎のドアをノックしたが、返事がない。不審に思ってドアノブを回したが、鍵がかかっていた」

「内側から、だな?」

「ああ。ドアチェーンもかかっていたそうだ。聡子は何度も呼びかけたが応答がないため、裏口から庭に回り、書斎の窓を覗いた。そこで、椅子にぐったりと座ったまま動かない山崎を発見した」

息を飲む音が聞こえる。

おそらく、私自身の音だ。

「それで、どうやって中に入ったんだ?」

「最終的には、聡子からの連絡で駆けつけた長男の和彦が、ドアを蹴破って侵入した。その時にはもう、山崎は冷たくなっていた。検視官が到着したのは、それから三十分後のことだ」

完璧な密室殺人。

いや、警察は事件性がないと判断しているのだから、密室での病死、ということになる。

だが、それならばなぜ村田さんはこんなにも悩んでいるのか。

「問題の“囁き声”は、いつ聞こえたんだ?」

父が核心を突いた。

「聡子が、長男に連絡する直前だ。静まり返った廊下で、ドアの向こうから、何か…男が囁くような、低い声が聞こえた、と。何を言っているかまでは聞き取れなかったらしいが、確かに人の声だったと証言している」

「死後硬直の始まる時間と矛盾しないか?」

「ああ。検視官の見立てでは、死亡推定時刻は聡子が紅茶を運んでから三十分以内。囁き声が聞こえたという時間は、死亡推定時刻をとうに過ぎている。だから、誰も信じないんだ。だが…」

村田さんは言葉を詰まらせた。

「その家政婦、聡子はもう40年以上も山崎家に仕えている。主人の死で気が動転していた可能性は高いが、それでも、彼女の証言には妙なリアリティがあった。まるで、すぐそこで、死んだはずの山崎が喋っているかのような…」

その言葉に、私はドアノブを握りしめていた。

囁く死体。

それはただのゴシップではなかった。

一人のベテラン刑事の心を、ここまで掻き乱すほどの、不気味で不可解な謎だったのだ。

私の頭の中で、事件のピースが一つ、また一つと嵌まっていく。

それはまだ、輪郭さえおぼろげな、歪んだパズルだった。

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