第5話 父の葛藤
書斎での密談は、深夜まで続いた。
私は自分の部屋のベッドに入り、布団を頭まで被って二人の会話に神経を集中させていた。
聞こえてくるのは、捜査の難航を嘆く村田さんの声と、それに対して慎重に言葉を選ぶ父の低い声。
父は、私のことを村田さんに話していない。
それは、私を危険から遠ざけようとする親心からだろう。
分かっている。
以前、私が首を突っ込んだ事件で、危ない目に遭いかけたことがあった。
その時の父の、血の気の引いた顔は今でも忘れられない。
『もう二度と、こんな真似はするな』
そう言って、固く私を抱きしめた父の腕の力を思い出す。
あれは、一年前のことだった。
近所で起きた連続放火事件の捜査が行き詰まっていた。
父が家に持ち帰った資料を盗み見た私は、犯行現場の地図にある奇妙な法則性を見つけ出し、次の犯行場所を予測した。
私の推理は的中し、犯人逮捕に繋がった。
だが、その過程で私は犯人と接触しかけ、一歩間違えば命はなかったかもしれない。
その一件以来、父は私の前で仕事の話を一切しなくなった。
捜査資料も、決して家に持ち帰ることはなくなった。
父なりの、私を守るための防御壁だったのだろう。
だが、その壁は今、目の前で揺らいでいる。
「…何か、手はないだろうか。どんな些細なことでもいい。視点を変えるような、そんなヒントが欲しいんだ」
村田さんの切実な声が聞こえる。
父は、長い間黙っていた。
その沈黙の重さが、彼の葛藤の深さを物語っているようだった。
娘の類稀なる才能。
それは、刑事である父にとって、時に諸刃の剣となる。
事件を解決に導く光明であると同時に、愛する娘を危険に晒す引き金にもなりかねない。
「…一つ、確認したい」
やがて、父が口を開いた。
「この事件、お前のクビがかかっているのか?」
「……ああ。迷宮入りになれば、俺は責任を取らされるだろうな。だが、そんなことはどうでもいい。俺はただ、この奇妙な事件の真相が知りたいだけなんだ。死んだ人間が囁くなんて、そんな馬鹿げたことがあるものか。そこには必ず、人間の手によるトリックがあるはずなんだ」
村田さんの言葉には、刑事としての執念が滲んでいた。
父は、またしばらく黙り込んだ。
そして、静かに、だがはっきりとした口調で言った。
「…分かった。少しだけ、時間をくれないか。俺なりに、この事件を整理してみたい」
その言葉を聞いた瞬間、私は息を飲んだ。
父が、動く。
それは、私というカードを切ることを、父が決意した瞬間なのかもしれない。
ベッドの中で、私の心臓は期待に大きく脈打っていた。
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