第5話 うっかり百八兵衛のフェザータッチ


「それで、あなたがたはなんなのですじゃ。わが村になんのご用が……」


 あらためてエッチ後屋ごや率いる野盗どもとむきあった村長むらおさは、来意らいいを問うた。

 夜もふけている。

 村長むらおさの室内は、先ほどエッチ後屋ごやが斬り捨てた手下の血でぬれている。

 村長むらおさの家であるにもかかわらず、村長むらおさとその妻おババさまは正座しており、傲然ごうぜんとたたずむエッチ後屋ごやはニヤニヤとふたりを見おろしている。


「なに、そんな難しいことじゃァねぇ。一日にひとりでいい、村からイケニエを出してほしいだけだァ」


「い、イケニエを一日にひとり!? そんなことをしていたら、遠からずわが村から人がいなくなってしまいますじゃ。そんなご無体むたいなことをおっしゃられては……」


「まあ、おれたちは別にいいんだぜ。任意でさし出してくれたほうが、よけいな体力をつかわずに済むってだけだからなァ。おれたちの神さま――〈サメ神さま〉は定期的に人をらわねばならぬのよ。拒むなら、おれたちが村の家々に押し入って、村民を海に放るのみ」


「サ、サメ神さま!?」


 村長むらおさは、若かりしころこの地域では知らぬもののおらぬ漁師であった。

 それだけに海の怖さもまた、だれよりも骨身ほねみにしみている。

 村長むらおさの脳裏には、ドゥードゥン、ドゥードゥンと映画『ジョーズ』のテーマが時空を超えて流れ、そのおそろしい三角のヒレが海面を浮かんで近づいてきたかと思うと、山のごとき大きさのサメがわが村を、わが身を喰らいつくすさまが浮かんで……


「ひぇあああ!!」


 と悲鳴とともに腰をぬかした。


「ガッハッハ、なかなか想像力ゆたかな男のようだなァ! 先ほどもな、ずいぶんアバンギャルドな格好で海岸にいた女子おなごを、ひとり喰らってやったところよ」


「か、海岸をひとり練り歩き、アバンギャルドな格好というと……村一番のファッショニスタであるおタカか!? あれほどそんな破廉恥はれんちな格好はいかんと説いたというのに……」


「(格好は関係ないんだけど)まあ不運だったというほかないなァ。しかし、どうだ。おれも鬼じゃあねェ。村の人間を喰わせるのがイヤだというなら、いまは夏だ。祭りのひとつでも開催するんじゃねェか? 近隣の村から人を呼び寄せろ」


「た、たしかに『恋、しちゃお? 夏が大盛り悪ノリドキドキ大納涼祭』を四日後に開催する予定はありますが……」


「恋……なんて?」


「『恋、しちゃお? 夏が大盛り悪ノリドキドキ大納涼祭』ですじゃ。あ、むろんこの名前で最初から決まっていたわけではなく、『恋、してみる? 夏が大盛り悪ノリゴリゴリ大納涼祭』というのも候補にあったのですが……」


「ほとんど同じじゃねェか! とにかく、その祭りで人を呼び寄せ、大量に人を喰らわせてくれるンなら、しばらくこの村からイケニエは要求しねェと約束しよう」


「し、しかしその約束をまもっていただけるという保証は……」


「保証? そんなもんサメのエサにもなりゃしねェ。おまえらはおれを信用するしかねェんだよ。信じねェなら、いますぐ村をつぶす。村をつぶしたいのか、残したいのか、選択しなって言ってンだ。残したいなら、おれらにすがるほかはねェ」


 下卑げびたエッチ後屋ごやの嘲笑に、村長むらおさはガックリとうなだれた。

 武器もなく、屈強な野盗どもにかこまれたいま、反抗する手立てはない……。

 村長むらおさはチラリとおババさまを見た。

 村長むらおさから見るおババさまはあまりにも妖艶ようえんで、野盗のなかに熟女の魅力がわかるものがあれば、あっというまにおそいかかられてしまうであろう。

 それだけはなんとしても避けねばならぬ。

 早くこいつらを追いはらって先ほどのつづきをしたいのだ。

 村長むらおさはそう決意し、ひとりこぶしを固めた。


「わかりました……従いますじゃ」


「あと言っとくが、『イケニエの要求をしねェ』というだけだ。祭りまでのあいだに海に近づくものがいれば、空腹のサメ神さまが喰っちまうのまではとめられねェ。村人には注意しときな」


「は、はい……」


「おれたちは海沿いに見つけた洞窟にいる。メシと酒ももらっていくぜ、大喰らいのヤツが多くてこまってるんだァガハハ」


 ぞろぞろと野盗どもが出ていくとき、ひとりが「うぇ~い」と言いながらおババさまの肩へと軽やかにタッチした。

 野盗一番の熟女好き――うっかり百八兵衛ひゃくはちべえである。

 間髪かんぱつれずにエッチ後屋ごやが怒声をあびせる。


「バカやろ! 許可も得ずに異性にふれるヤツがあるかァ! いや異性だけじゃねェ、あらゆる他人にまもるべき一線というものがある。おれの目のまえで、生半なまなかなエッチ行為に手を出したヤツは……殺すぜ」

「へい、すませんうっかりしてやした!」


 うっかり百八兵衛ひゃくはちべえは、うっかり行為をすることが多いものの、怒られたらすなおに謝ることのできる性質をもつ男でもあった。


「愛の巣にジャマしたな」


 そう言って、野盗どもは家を出、夜の闇にまぎれてゆく。

 こんなことがあっては、さすがにそんな気分でなくなったかと思いきや、命の危険があったためかその反動で村長むらおさとおババさまの夜はいつも以上に燃えあがったそうな……

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