第6話 何も知らぬ村人がつどい、祭りがはじまる


 これまでの事実を整理すると、エッチ後屋ごやひきいる野盗どもがあらわれ、その三日後にふうらりと服部はっとり半々蔵はんはんぞうがこの村へ流れ着いたこととなる。


 半々蔵はんはんぞうはおヒメを助けたその夜、食事を馳走ちそうになったあと去ろうとした。

 が、夜もだいぶふけていたし、ふるえるおヒメに「ほかの村の者におそわれたらと思うと」と懇願され、やむなくひと晩泊めてもらうこととなったのだ。


「横になる必要はござらん」


 といい、せんべい布団をしこうとしているおヒメを尻目しりめに、扉の横に座ったまま睡眠をとろうとする半々蔵はんはんぞう

 敵の奇襲を防ぐため、習慣になっているのだという。


「やっぱり忍者……」

「いや武家ならね!? 武家ならあの、このぐらいの用心は、してしかるべきでござってニンニン……」

「ニンニンって言った!! 忍者以外にニンニンっていうわけない!!」

「いや忍者がニンニンっていうのかはそれはそれでちょっと真偽不明っていうか……」


 などわちゃわちゃと話しているうちにいつかふたりは眠り、朝となっていた。

 朝になってあらためて去ろうとする半々蔵はんはんぞう

 しかしおヒメは、


「ねっ、半々蔵はんはんぞうさま! きょうはうちの村のお祭りなのです。近隣の村からも人を呼んで大々的にやりますし、さすがにこの日は私もあからさまに迫害されるようなことはございません。もしよろしければいっしょに祭りへ参りませんか?」

「祭り!? 祭りでござるか、ううむ……」


 と半々蔵はんはんぞうはうなったが、実のところ、その心はぐんぐんに沸き立っていた。


 ここだけの話ではあるが――半々蔵はんはんぞうはお祭りが大好きであったのだ。


 現代とはちがい、祭りは数少ない娯楽のひとつであり、それゆえに人々の祭りへかける想いも段ちがいであった。

 しかも、実は仇討あだうちのために諸国放浪の旅に出ている半々蔵はんはんぞう、そんなほの暗い旅路たびじにさした一灯いっとうのあかりに心はずまぬワケはなく、そのうえ現在はかたきの居場所も明確になっていないために一分一秒が惜しいということもない。


「うむ、うううむ」


 と、「拙者、祭りにうつつを抜かすような軽薄なヤカラではござらんけど?」と言いたげに腕を組んでうなりつつも、すでにその肉体はDNAに刻まれた盆踊りのリズムを刻みはじめていた。


「ふふ、半々蔵はんはんぞうさま。からだが揺れておりますよ。もし少しでも余裕がおありなら、ねっ?」


 おヒメは半々蔵はんはんぞうの二の腕をそっとさわり、ほほえむと、ひかえめな上目づかいで彼を見やった。

 明るいところであらためて見るおヒメは、なるほど田舎娘らしい純朴じゅんぼくな顔つきをしておりつつ、そのひとみの奥にある種の妖艶ようえんさを秘めてもいるようで、女になれておらぬ半々蔵はんはんぞうはドギマギしつつ、「で、では……」と承諾した。


 実際、祭りは盛況であった。


 気難しげに参加を即断しなかった半々蔵はんはんぞうも、一旦祭りがはじまると露天でひょっとこのお面を買い、あほづらで焼きそば、りんごアメ、はては「べびーかすてら」まで「容易に手をつけてはならぬ」と師から注意されておった金でむさぼるなどして完全に有頂天うちょうてんであった。


 なに、「当時にそんなものがあるか」「時代考証はしたのか」だと?

 ええいうるさい忍者とサメが戦う話になにを求めておるのだ。

 ソウルで感じろソウルで。


 や、見よ。

 砂浜に立てられたやぐらで、ひとりの男が太鼓を音高く鳴らしたではないか!


「いよ~おっ!!」


 近隣の村からも集まった人々は、ひとたび太鼓が鳴るや、わらわらとやぐらの周囲に輪をえがきはじめる。


「サぁメがぁ~、出た出~たぁ、サメがぁ~出たぁ~」


 太鼓のとなりに立った別の男が、小粋こいきなヴォイスで歌いあげる。

 この村に伝わる仕事唄しごとうたのひとつ「フカヒレぶし」である。


 まわりで踊る人々も、心から楽しげで、日々のうれいはどこかへ置いてきたようでもある。

 はじめ、それはごくごくありふれた、漁村ぎょそんでの祭りであった。

 しかし、やがてどこからか、常ならぬ雰囲気がにおい立ってきたのである――

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