第9話: 鎌倉・告白

2009年5月


「あなた、もう限界でしょ?」


真理子は、表参道のカフェでノートPCを閉じたケンイチを見て、きっぱりと言った。


「顔に“数字”しか映ってないわ。今日は鎌倉に行くの。あなたも来るの」


半ば強引な言葉に、ケンイチは苦笑して肩をすくめた。


「仕事が山積みだって、知ってるだろ」


「だからこそよ。潮風を吸えば、少しは人間らしい顔に戻れるはずよ。」


-----------


──そして、二人は江ノ電に揺られていた。


車窓から七里ヶ浜の海がひらける。

青い水平線。遠くに浮かぶ江の島。


ケンイチの目に、懐かしい神戸の景色が重なった。

須磨の海、山陽電鉄の窓から見た淡路島。


タツオら高校の仲間と海に行き、須磨海岸で夜に打ち上げた花火──笑い声の中で見上げた、夏の夜空。


「懐かしいな……」と、思わず口に出ていた。


「え?」と真理子が振り向く。


「ほら、神戸の海と、よく似てるんだ。あの頃の俺たちと同じ光だ。

すっかり忘れていたよ。」


七里ヶ浜の砂浜に降り立つと、波が規則正しく打ち寄せ、二人の足元を濡らした。


沈黙のまま、しばらく波を見つめる。


真理子がケンイチの横顔を覗き込み、ふっと笑った。


「やっと、緊張がほどけた顔になった」


ケンイチは小さく息をつき、潮風に目を細めた。


「真理子……」


言葉が途切れる。


胸の奥に溜めていた熱が、海の匂いとともに溢れ出す。


「この仕事が終わったら……俺と一緒にいてほしい」


真理子の瞳が大きく揺れた。


涙がこぼれそうになりながら、ゆっくりと頷く。


「やっと……言ってくれたのね」


波打ち際に並ぶ二人の影。


遠くの江の島、そのシルエットの奥に、懐かしい淡路島の面影が重なって見えた。


ケンイチの胸に、過去と未来がひとつにつながった確信が芽生えていた。

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