第6話 秋風

空は澄み渡り、昼間でも風にひんやりとした冷たさが混じるようになった季節。商店街通りの掲示板には秋祭りのポスターが貼られていた。


橙花は掲示板の前でふと立ち止まり目を留める。ポスターを眺めているうちに子供の頃の記憶がそっと蘇ってきた。


「懐かしいなぁ……」

思わずこぼした独り言に背後から声がかかる。


「もう秋祭りの時期なんですね」


振り返るとそこには鷹山が立っていた。

「鷹山さん!?」

不意の登場に驚いたものの、橙花の口元には自然と笑みが浮かぶ。彼がいるだけで胸に広がる安心感。


「すみません、驚かせましたか?」

「いえ、大丈夫ですよ。鷹山さんお仕事は?」

「今日は半休なんですよ。職場がこの商店街の先にあるビルなんで、どこかでお昼すませてから帰ろうと思って歩いていたら羽鳥さんをみつけて」

「そうだったんですね、お疲れ様です」

橙花はにこりと微笑みそう返事をしてから、もう一度ポスターに目を戻した。


「子供の頃、友達とよく行ったんです。焼きそばを食べたり、金魚すくいしたり……あの賑やかな雰囲気が大好きでした」

「なるほど。羽鳥さんらしいですね」

「私らしい……ですか?」

「人混みの中でも楽しそうにしている姿が、なんとなく想像できるなって」

「……そんなふうに見えます?私」


橙花が照れたように問いかけると、鷹山はにこやかに「ええ」と頷いた。


「鷹山さんは、お祭りって行かれてましたか?」

「俺も子供の頃はよく行きましたよ。友達と回って、くじ引きで変な景品を当ててました」

「なんかそれ、想像できます」


苦笑しながら肩をすくめる鷹山に、橙花もつられて笑った。


「大人になってからは、殆ど行ってないですね」

そう言ったあと、鷹山はふと腕時計に視線を落とす。


「そろそろ行きますね。半休とはいえ、書類仕事が少し残っていて……」

「お仕事大変ですね」

「羽鳥さん、今日はお休みなんですよね?」

「はい。定休日なので、散歩がてらつい足を止めてしまって……」


二人の間を、秋風がすり抜けていく。

橙花は名残惜しさを覚えながらも、自然に口を開いた。


「鷹山さん、もしよければ……」


少し声を震わせながら言いかけたその瞬間、鷹山が言葉を被せる。


「羽鳥さん、一緒に秋祭り行きませんか?」


橙花は目を見開く。思ってもみなかった誘いに、胸がドキドキと高鳴った。


「えっ……!」

「今度は俺から誘いたくて。せっかくの機会ですし、羽鳥さんと楽しみたいなって」


鷹山の目は真剣で、けれど柔らかい光を帯びている。橙花は驚きと喜びで頬を赤く染めながら、小さく頷いた。


「……はい。ぜひ、お願いします」


微笑み合う二人。秋風が通り抜ける商店街に、穏やかで少し焦れったい空気がゆっくりと流れていった。

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