第7話 秋祭り
秋祭り当日。夜の商店街は色鮮やかな提灯に照らされ、賑やかな笑い声や太鼓の音が溢れていた。
橙花の隣には、中学時代からの友人・君嶋紗枝(きみじま さえ)の姿があった。
「まさか、紗枝がこっちにいるなんて知らなかったよ」
「本当に偶然。仕事でこっちに来る用事があったからね」
紗枝は仕事一筋の意志の強い女性。橙花に対しても遠慮なく意見を言うが、その根底には彼女を思う気持ちがあり誰よりも橙花の事を理解してくれている仲だ。
「橙花も久々の秋祭りなんだから、もっと楽しみなさい!ってか、食べて呑もう!」
「うん……そうする!」
屋台の灯りに照らされながら、二人は歩き出す。
心の片隅で鷹山のことを思い浮かべながらも、久しぶりの友人との再会を噛みしめていた。
――昨夜のこと。
店を閉める準備をしていた橙花の前に、息を切らせて走ってきた人影があった。
「羽鳥さんっ!」
「えっ……鷹山さん?」
思わぬ登場に橙花は目を丸くする。
鷹山は少し乱れた呼吸を整えると、深く頭を下げた。
「すみません……どうしても終わらせないといけない仕事があって。明日、お祭りに一緒行けなくなってしまいました……」
「そう…ですか……」
鷹山のその真剣な表情に、橙花の胸がきゅっと締めつけられる。
「本当にすみません。じゃあ、俺また職場に戻らないといけないのでこれで…」
「お忙しいのにわざわざ言いに来てくれたんですか!?メールでの連絡でも良かったのに…」
「どうしても直接顔を見て謝りたかったんです」
仕事で行けなくなるのは仕方がない。メールで伝えてくれてもよかったはずなのに、直接来て謝ってくれたことが申し訳なくもあり、嬉しくもあった。橙花は一瞬言葉に詰まったが、やがて柔らかく笑みを浮かべた。
「……お仕事、頑張ってください。私は大丈夫ですから」
その笑顔に、鷹山は小さく息を吐き、再び深く頭を下げたのだった。
――そして今。
「まぁ、橙花も……鷹山さんだっけ?一緒に行けなくなっちゃって残念だったね」
紗枝がイカ焼きを片手に持ちながら言う。
「うん、でもこうやって紗枝と会えたからこれはこれで良かったよ」
橙花は微笑みながら答えた。
二人は子供の頃よく行った屋台を巡りながら「懐かしいね」と思い出話に花を咲かせた。
橙花の笑顔を見て、紗枝は少し安心したように口元を緩める。
祭りが終わり、人波が少しずつ駅の方へと流れていく。提灯の灯りも遠ざかり、橙花と紗枝は駅前で立ち止まった。
「じゃあ、私は電車だから……橙花、無理してない?なんだかんだ全然食べて無かったし…」
「うん、大丈夫。本当にありがとう、今日は楽しかったよ」
「ならいいけど。何かあったらちゃんと話しなさい。あと、ちゃんと食べなさいよ!」
「うん、またね紗枝!」
紗枝は軽く手を振って改札へ消えていく。
残された橙花は、夜風の冷たさを感じながら小さく息をついた。
その時だった。
「羽鳥さん!」
橙花が驚き振り返ると人混みをかき分け、鷹山がこっちに向かってくる。額に汗を浮かべ、息を切らしながらも、まっすぐ橙花を見つめていた。
「鷹山さん……!どうして……」
「……仕事が、ようやく終わって……帰ろうと思っていたら……羽鳥さんの姿が見えて……」
途切れ途切れの言葉に、橙花の胸が温かくなる。
「鷹山さん…」と橙花が言ったと同時に
ぐぅ、と鷹山のお腹が小さく鳴った。
「……」
「……ふふっ」
きまり悪そうに視線を逸らす鷹山に、橙花は思わず笑顔をこぼした。
「良かったら……何か食べて帰りませんか?」
「……いいんですか?」
「もちろんです」
鷹山にふっと安堵の息がもれる。並んで歩き出す二人の足取りは、駅に向かう帰りの人波よりもゆっくりで穏やかだった。
「秋祭り、一緒に行けなくて……本当にすみませんでした」
「そんなこと……謝らないでください」
橙花は首を振り、柔らかく微笑んだ
「今、こうやって鷹山さんに会えたので十分ですから」
その言葉を口にした瞬間、橙花は心の奥にあった自分の本当の気持ちに気づいた。
――あぁ、そうか……私はお祭りに行きたかったんじゃない。……鷹山さんと、ただ一緒に過ごしたかったんだ。
胸の奥でそっと芽生えた想いを確かめるように、橙花は隣を歩く彼の横顔を見つめた。
街の灯りに照らされたその横顔は、祭りの提灯の灯りよりもずっとあたたかく見えた。
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