第14話 公務員試験合格と入籍

 大学生活が、最後の、そして最も重要な一年へと足を踏み入れた、四月の初旬。キャンパスが新たな入学生で賑わうその傍らで、遥斗と琴葉は、人生を懸けた大一番へと、静かに臨んでいた。地方公務員採用試験。一年近くに及んだ、二人三脚の猛勉強。その成果が、今、試される。


 試験当日の朝。高木家の玄関で、遥斗は、緊張でこわばった表情の琴葉の肩を、力強く抱いた。

 「大丈夫だ。俺たちが、一番勉強してきた。自信を持て」

 「……うん」

 その温もりと、揺るぎない声に、琴葉の心に灯がともる。一人ではない。その事実が、何よりの力になった。


 それから、結果発表までの数ヶ月は、生きた心地のしない、長く、不安な時間だった。しかし、その不安さえも、二人で分かち合うことで、なんとか乗り越えることができた。


 そして、運命の日。高木家のリビングには、あの試験の日以上の、張り詰めた空気が漂っていた。パソコンの画面に表示された合格者番号の一覧を、心臓の激しい鼓動を抑えながら、目で追っていく。


 「……あった」


 最初に声を上げたのは、遥斗だった。彼の指差す先に、自分の受験番号を見つけ、琴葉は息を呑む。そして、その数行下。見慣れた、もう一つの番号が、確かにある。


 「……あった、遥斗君のも、ある……!」


 次の瞬間、どちらからともなく、二人は強く、強く抱きしめ合っていた。合格した。二人とも、合格したのだ。これまでの、苦しくも、しかし充実していた努力の日々が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。互いの肩に顔を埋め、言葉にならない喜びを、ただ、分かち合った。それは、一人では決して辿り着けなかった、二人で勝ち取った、輝かしい未来への扉だった。


 夏が過ぎ、秋風が吹く頃。二人の元には、市役所からの正式な採用内定通知が届いていた。来春からの、社会人としての道が、完全に約束された瞬間だった。まだ大学の卒業まで半年近くを残してはいたが、二人の未来は、もはや何一つ、不確かなものはなかった。


 その日の夜。遥斗は、少し改まった様子で、琴葉の前に座った。そして、テーブルの上に、一枚の、まだ何も書かれていない書類を、そっと置いた。


 『婚姻届』


 その、神聖な響きを持つ三文字に、琴葉は息を呑んだ。

 「俺たちの未来は、もう決まった。だったら、もう、待つ必要はないと思うんだ」


 遥斗は、万年筆を手に取ると、まず、自分の名前と、生年月日を、丁寧な、力強い文字で書き込んでいく。そして、そのペンを、琴葉へと差し出した。

 琴葉は、震える指で、そのペンを受け取った。そして、彼の名前の隣に、自分の名前を、一文字、一文字、確かめるように、記していく。『高木 琴葉』という、まだ見慣れない、けれど、たまらなく愛おしい響き。一枚の紙の上で、二人の名前が寄り添い、法の下に、そして魂の上で、永遠に結ばれる。その、厳粛な事実に、彼女は胸が熱くなった。


 証人の欄には、健一と、琴葉の祖父である耕作が、それぞれ署名をしてくれた。厳格な健一の、その日初めて見せた、目尻の深い皺。そして、孫娘の幸せを、涙ながらに喜んでくれた、耕作の優しい笑顔。二つの家族が、確かに、一つになった瞬間だった。


 全ての記入を終えた婚姻届を、遥斗が大切そうにクリアファイルにしまった後。彼は、小さな、ベルベットの箱を、ポケットから取り出した。


 「約束、だからな」


 そう言って、箱を開ける。中には、月の光を宿したかのように、清らかに輝く、シンプルな指輪が収められていた。

 遥斗が、その指輪を手に取り、琴葉の左手を取る。そして、ゆっくりと、彼女の薬指へと、その銀色の輪を滑らせた。ひんやりとした、けれど、どこまでも温かい金属の感触。薬指に、ぴったりと収まるその重みが、二人の絆の、永遠の証のように感じられた。触れ合う指先の、その微かな熱が、二人の未来が、どこまでも温かいものになることを、静かに、しかし、確かに、約束していた。

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