忌形狩りは歩みを厭う。

ハトサンダル

第1話 理不尽の化身

 

 目が覚める。時計が示すのは19時…既に空は暗い。


(しまったな…寝過ぎた。)


平日も休みで曜日感覚も機能していない。まぁニートなので、仕方が無い…


(まぁいいや…目覚ましのコーラでも…ん?)


冷蔵庫を開けるが、空っぽである。今日の夕食も無い。食事はまぁ良いとして、コーラの不足は死活問題である。


「………めんど…」


適当に上着を羽織り、自転車で最寄りのコンビニに向かう。毎日こんなに怠けていられるというのは素晴らしいものだ。これが永遠に続くことはないのだろうが…


(…眠た…)


適当なポテチと菓子パン、最重要のコーラを沢山購入して家に帰る。いつもなら昼に済ませる事を夜に済ませたのだから、アイスもオマケしよう…たまには夜の風景を見ながらの外出は嫌いじゃないかもしれない。


「…ん?」


いつも通りの帰り道、その横道にはまだ新しい血痕がある。そして、嫌な気配が奥から漂う…


(面倒くさい…けど放っておいても面倒か?………はぁ…しょうがない。)


暗くじめじめとした森の内側は暗く、町中とは到底思えない。そんな森を進んでいくと、血の出処が見えてきた。


「オオオオ…………」


大量の手足が継ぎ接ぎになった怪物が身体中の目玉でこちらを睨み、多数の口から声を発している。腕には血と肉塊がこびり付いている。


(あ〜あ〜…また出たのか?)


この辺りはこういう怪物が稀に現れる。それだけなら放っておくのだが…


「…!」


奴らは臭い醜い汚らしいの三拍子に加え、人間を見つけると襲ってくる。付近に存在するだけで気分の下がる害獣だ…さっさと駆除してしまおう。


「ギォオオオ!!」


「うっせぇよ。」


いつもの様に、刀を呼び寄せる。


「…………」


突進する怪物は、唐突に消えた獲物に驚いて周りを見渡す。いつの間にか…すれ違った彼はのんびりと刀を鞘に納める…直後、怪物の視界はふらりと倒れる。その最中、首の無い己の背中を覗き見た。


「グオオオオ…!?」


怪物が煙の様に消滅していく。幸いな事に気味の悪い死体が残る事は無い、自分の服にも汚れなし。殴打した方が簡単だが、それでは返り血で汚れる…


(さて…帰ろ…ん?)


そこには血塗れの人間が転がっていた。灰色の髪が血で真っ赤に汚れ、四肢のいくつかは外れている。骨が剥き出しになる程の深い外傷に加えて内臓が引きずり出されている。


(うわぁ…こりゃ酷い…しかし何で外国人がこんな所に…]


その時、死体だと思っていた人間が動く。


「ええ…!?」


(致命傷だろ…!何で生きてんだ…?)


しかし目が合ってしまった以上、見捨てては後味が悪い。出来るだけ頑張ろう…


──────────────…………


 誤算だった…私とて弱者ではない自負はある。だが、実力は雲泥の差だった………何の役目も果たせずに敗れるのはこれで何度目だろうか。


[…フ……リ…ェ……答…て…!フィリエ!……応答して!]



通信機器から友の呼び声がする。だが、喉が引き裂かれたこの体では呼吸すら出来ない…飛び出た内臓は弾け、血は止めどなく流れ続けている。視界や聴覚も霞んで…


(…あ…ぁ…?)


何かが、こちらに来る。増援なのか…?いや、それにしては速すぎる…


「ぁ…ぁ…に…げ…」


「うわ…うわぁ…だめだ…こりゃ酷い…こりゃ直せんな…ちょっと痛むよ。」


目の前の人間はどこからか刃物取り出した…助からないとは分かっていても介錯を受け入れるつもりにはなれない…けれど私の体に刃が触れる。


「………!」


次の瞬間、痛みが失せて行く…空気が内臓を焼き貫く感覚も、息の出来ない苦しみも消えていく。これが死ぬというものなのだろうか…?


「…ぃ…お〜い、寝ないの!」


「……ぁ……え…!?」


呼び掛けに反応し、目を開く…傷が跡一つ無い状態に修復されている。出血の影響でまだ体は冷たいが、彼の物と思われるパーカーが掛けられている。


(…!奴は…!?)


「うぅ……?」


体が上手く動かせない…肉体の感覚が殆ど無く、力無く倒れる。


「ちょっと、まだくっつけたばっかりなんだから急に動いたらダメだよ?」


転けそうになった私を治療した男が支える。改めてその姿が目に入る。寝癖だらけの髪に、よれよれの服を着ている。マスクで顔の半分は隠れている。


「あ、外国の人に日本語は伝わんねぇか?え〜と…あ、あいきゃんと…すぴーく…」


「……すまない…ここに化け物がいた筈だが、君が退けたのか?」


「なんだ…日本語話せるのか。それなら…んん?」


後方からぞろぞろと忌形の大群が迫って来る。


「あ…ぁ…」


「あれま…ま〜だ居たんだね…」


一体ですら手に負えぬ化け物が十数体も群れを成している…勝てる訳がない。やはり皆を待つべきだった…


「勝てない…!逃げろ、私の事は置いて…!」


「めんどくさ〜…」


震える喉から声を絞り出したが…しかし、彼は欠伸をしながら怪物に向かっていく。


(折角だし…ちょっと格好つけちゃおうかな〜?ふっふっふ〜♪)


彼は拳で空間にヒビを入れた、彼の身体が小さく見える程の巨大な曲剣が空間を切り裂きながら姿を現す。


「な…!?魔術だと…!?」


(造ったはいいけど使い所が無かったから、良いタイミングだったかな。)


飛び掛かる忌形達。男は最小限の動きで攻撃を躱し、回避動作から流れる様な斬撃を放つ。正に一瞬、一振りで四体の忌形が仕留められた。


(馬鹿な…!?何だ…あの動きは…!?)


巨大な剣を片手で振るい、その勢いのままに大振りな回転斬りで第二陣を真っ二つにしていく。荒れ狂う嵐の様な連撃だ…


「ふわぁ〜…」


戦闘の最中にも関わらず、彼は構えを解いた。そして欠伸しながら体を伸ばし始めた…その背中を見逃す忌形ではない…しかし、次の瞬間には忌形は背後から微塵切りにされていた。

 

「な…!?速い…!」


(数が多くて面倒くせぇな…変に格好つけずに楽にやるか。)



「…動きが…変わった…?」


力任せかつ乱雑…これまでとは真逆の戦い方…にも関わらず、忌形達はあっさりとやられていく。攻撃を防ごうとしても、強過ぎる力に防御を破られる。躱そうとしても、理不尽な速さに追いつかれて斬られる。雑で荒だらけ…先程の洗練された技術とはまるで違う。蟻を踏み潰す様に、忌形達を一方的に蹂躙したのだ。


「………」


「さて…これで全部…あ!?」


彼が何か気付くと同時に、遠くに吹き飛んだ通信機器から声が聞こえる。


「フィリエ!?増援がそろそろ到着するわ!生きてるなら返事して頂戴!」


男はそれを持ってきて差し出すと、口元に指を当ててシーッ!とアピールする。


「…本部…私は無事よ。」


「フィリエ!良かったぁ…!もうすぐそっちに救助隊が向かうからね!」


「うん…ありがとう…」


通信を終えると、男は退散する準備を始めていた。


「アイス買ってたの忘れてたよ…!早くしねぇと溶けちまう…んじゃバイバイ!」


「ま、待って…!私はフィリエ!せめて君の名前だけでも…」


しかし、彼は自転車に跨って帰っていく。


「……何なんだ…あの人は…?」


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