26.困りましたと言わせてください

 どうして?

 今の私のトークの何処に友達になりたい、なんて思えるような要素が? ああ、佐野さんは優しい人ですから哀れんでくださったのでしょうか。どうお断りすれば、佐野さんへ負担を掛けない結果になるのでしょう。

 いや、断らないで受け入れて。そうしてこちらはむやみに色々誘わず距離を保つのが正解では?

 佐野さんの友達、という肩書だけは。

 手にしてみても良いのでは? だって佐野さんからこちらへ差し出してくれているのだから。受け取らないのが失礼で、間違っているでしょう。そうですよ。

 そう都合良くぎゅんぎゅん回り始めた頭は、いつの間にか私を頷かせていた。


「良かった。実はですね、断られたらどうしようかと……」


 断る事も内心検討していました。ごめんなさい。

 ほっとした様子で胸を撫で下ろす佐野さんを前にして、少し心が痛んだ。


「こ、断るなんてしませんよ。ありえません。だって……」

「だって?」

「だ、だっ……あ!」


 佐野さんの放つプレッシャーはまるで敏腕刑事のよう。また崖際に追い詰められている。私はわざとらしく声を上げ、壁に掛かった時計を指した。


「佐野さん、もうそろそろ行かないと。ほらこんな時間」

「その時計止まってますよ湯田先輩」

「え」


 油のさされていないロボット。そんな表現が適切でしょう。ぎぎぎ、と首をぎこちなく動かして、視線で自分の指の先を辿る。まあ使われていない空き教室なんですから当然と言えば当然ですね。三本の針はどれもぴたりと静止して動く気配は無かったし、しかも真夜中を示し続けている。


「でも、そうですね。そろそろ行きましょうか……あの先生より遅れるだなんていけませんし。これも続きはまた今度」


 助かった。願わくば、他の友達との約束に忙しくなって『今度』を忘れてくれますよう。


「これから二人きりで話す機会なんて、沢山ありますものね?」


 お友達なんですから。

 また心の内を見透かしたように、佐野さんは逃げの姿勢を取る私へ釘を差した。


 ◇


 空気の弾ける音がした。


「さてさて、役者も勢揃いですな! 朱筆先生も遅刻しなかったようで何より何より!」

「そりゃ面白いモンが見られそうだからねぇ〜」


 手を打ち鳴らして高らかに言葉を紡ぐ真昼、ダブルピースする朱筆先生。

 市川さんが今日は未だにお姉さんへと食って掛かっていない様子から皆何かを感じ取ったのか、部室の雰囲気は全体的に明るかった。花時先輩はまたお菓子を配っているし。

 私もまた一つ頂いて、穏やかに開始を待つ。そう、穏やかです。今だけは確実に佐野さんの追及から逃げられそうなので。今日の文芸部はずっと市川姉妹が話題の中心にいる事でしょう。


「んじゃ部長ちゃん? アツいバトルの前に一言お願いよ。だって長だもんね〜」

「私!?」


 朱筆先生によって縦にした握りこぶし、エアーマイクが私の前へ突き出された。

 何も考えてきていませんけれど!?

 どうして穏やかに過ごす事を許してもらえないんですか? ああ神様。まだ既婚者へ恋する罪が清算されていませんか。どうして……。この世は分からない事ばかりです。

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