27.心臓を吊り上げて
「……そうですね」
「良いのよ部長、乗らなくて。別にこのまま始めたってわたしは全然大丈夫だわ」
「いえ」
助けようとしてくれたのだろう市川さんへ首を振って、私はそっと立ち上がった。
十中八九悪ノリで向けられた言葉でしょう。だって言ったの朱筆先生ですし。
それでも、部長である私が。あの日、相対した二人の傍に居た私が。市川姉妹へ向けて言葉を送るのは当然の事ではあるのだろう。だから大丈夫です、やってみせます。今度は絶対噛んだりなんてしません。
「急に二人も部員が増えようとしてから、何だかとっても濃い日々が訪れました」
ここ最近の事が鮮明に頭に浮かぶ。
失恋に大泣きした私。引き留めてくれた皆。受け止めてくれた佐野さん。
本当の好きを隠そうとしたお姉さんへ怒った市川さん。かつて妹の好きを守ろうとしたお姉さん。その間に挟まれた私。
言葉がぶつかり合って、それでも大切なものは砕けてしまわなかった。
「テスト、決闘と――私がこの部に来てから見たことも聞いたことも無いイベントの連続」
結果的に上手く行きましたけれど、もうこれっきりにしましょうね。真昼、臼杵さん、市川さん。そして朱筆先生。
「私も実のところ、慌てふためいてばかりの始末でした。市川さんと佐野さん、そしてテストも決闘も両方臨む事になった市川さんのお姉さん」
美談になれどそれはそれ、これはこれ。強者の集まりである運動部だって入部テストはやってないみたいですようちの学校。
「この試練の果てに。どうか私達が本当の仲間として、同じ机につける時が来る事を信じて」
何を言うのが正解でしょうか。こんなシーン、学園もので何度か見かけた筈なのに分からなくなる。それでも持ちこたえて、私なりの言葉を紡いでいく。
「そして、これから皆の前で戦う二人に敬意を評して。部長として決闘を見届けさせていただきます」
一礼。ちゃんと喋れていたか不安になって、顔を上げにくい。やっぱり市川姉妹の本気のスピーチの前座はちょっと荷が重かったです。
「――素晴らしいです、湯田先輩」
低く、涼やかな声。それから空気の弾ける音が静寂を裂いた。はっと私は顔を上げる。
佐野さんが動いたのを皮切りに、部室が拍手の音に満ちた。ああ、肯定されている。そんな。
拍手は良いです、ありがたいです。でも、やっぱりずっと佐野さんみたいなひとに肯定され続けたら。素晴らしい、まで言われたら。
私は……私はオタクの比喩じゃなく狂ってしまう気がする。美少女一人でもこんな破壊力があるのに、一体どうしてハーレムものの主人公は精神に異常をきたさないのでしょう。インタロゲーションマークが頭を駆け巡ります。
必要になってしまいますよ。古代ローマの英雄の傍についた公有奴隷のような役割が……! お前はただの人間でしかないのだと分からせてくれる人が……! 市川さん辺りなら引き受けてくれますかね。
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