25.私は皆と抱擁できない

 瞬く片の目。先輩、と呼ばれて。

 伸ばされた手を私が取らなかったからか、佐野さんは少し曲げていた膝をそのまま深く。床にスカートの裾をつけて、動けない私と目線を合わせた。彼女の色素の薄い瞳が揺らいで見えるのは、きっと私の脳みそがぐらりと揺れたせい。


「すみません、何処か傷んだり」

「いたく、は。ないです……」


 苦しくはあります。カッコいい人にカッコいい事をされたら私みたいな人間はキャパオーバーしてはち切れそうになるんです。

 そういえば佐野さんが初めて部に訪れた時も、似た醜態を晒しましたね。あの時より意識ははっきりしているので一応成長はしてるらしい私。


「その、あの……」


 私陰キャですから、と。口走りかけた私はもう一度言葉を選び直す。普段文芸部内では結構自称される属性だけれど、私の卑下を咎めた佐野さんはそれを聞いたらどんな行動をとるか。またあんな事されたら、私は。


「……私、ちゃんと友達って呼べる人が真昼しかいませんから。あんまり……友達同士での肩パン? とかもしたことなくて。つまりですね」


 よし、ならば。陰キャと言わずに陰キャを表現する。ちょっぴり字書きらしい所をお見せいたしましょう。時々SNSのタグに乗っかってやる芸当ですから。いける――。

 

「女性にお触りされるのに慣れていなくて!」


 ――何だかこれはこれで言葉選びを間違えた気がします! 市川姉妹の前ではやらかさなくて本当に良かった! いや今だって良くはない。

 佐野さんがあまりに上位存在みたいだったので、つい『お』を付けた言葉を持ってきてしまいました。敬おうとしてしまいました。その結果がこの有様。

 私が何か挽回の一手を探す内に、そっと佐野さんは半回転、体の向きを変えた。とうとう呆れられてしまったのでしょうか。最悪ですよ今のタイミングで退部者を出すのって。美しい姉妹愛が台無し。


「さ、佐野さん、ちがくて……やましい気持ちは……」

「大丈夫ですよ」


 何が大丈夫だと言うのです?

 ああ振り向いてほしい。けれど顔を見るのも怖い。まさにアンビバレント。


「真昼先輩との仲は分かります、それはもうとてもよろしいのだと。けれど、部の皆さんは?」


 失言を清流の様な声が押し流して行く。気がする。

 私はさっき何も言わなかった。そういう事にしてくれるんですか? 佐野さん?

 とりあえず質問を投げられたという事は、まだ発言を許されているという事。すみません。本当にもう間違わないので、私。どうか何も無かった事になってください。


「ぶ、部員の皆は、なんというか……やっぱり、同じ部の人?」

「そのままですね」

「真昼は創作関係なく縁が出来ましたけど、他の皆はきっと文芸部でなければ繋がっては居られなかったと思うので。口に出して友達、と表すには」


 幾ら胸中で仲間や同志と呼べど、人前でラベルを貼れはしなかった。あれだけ行動を貰えども。

 ゴールデンウィーク明け、引き留められても私が去ったなら。その後皆の中の私はどうなったのだろう。

 

「ふうん?」


 熱くも冷たくもない声。暫く間が空けば、ようやく再び整ったお顔が見えた。使い方次第で人を狂わすいつもの微笑がそこに帰ってきている。


「だったら、私を湯田先輩のお友達にしてくれませんか?」

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