18.まごころを見せてくださいな
見せたいもの、とは。
市川さんの現メインジャンルはソーシャルゲーム。彼女の持つスマホは日々美麗なグラフィックや壮大なストーリーの持つ質量でみちみちになっている。そんな彼女が私に自慢したいものとなると。
「推しの新規SSR五枚抜きスクショ……はここでも別に見せられますね。ならば公式プレゼント企画の色紙とか……!?」
「外れたわ」
「すみません」
「良いのよ、別に……別に当たるなんて思ってないから。傷も浅いし……」
とは言いつつも歯をぎりぎりしていませんか市川さん。ああ、細い指がご自身の肩に食い込んで制服に深く皺が。
この間貴方のアカウントから回ってきた公式投稿、一つの色紙に中の人二人でサインを書いた物だった気がするのですが。あの組み合わせって貴方の推しカプでは。
「自慢、ではなくって」
ごほん、と大きく咳払い。クレーターを作ってしまいそうな程地面を睨みつけていた市川さんの目がこちらへ向いた。
「部長である湯田に目にしてもらわなきゃ困るの。だから二人きりになるまでこんなに待ったのだし」
「自慢ではないなら……まさか」
「あら、分かってくれるのかしら。やっぱり我らが部長様ね」
「……まさか……真っ白な原稿を……?」
「はっ倒すわよ」
「ごめんなさい」
文庫本を置き、市川さんは素手になっている。余計こわい。
だって本当に困ってると一瞬思ってしまったんですもん。失恋の余波で検討していたウェブオンリー参加を取り止めた身。スケジュールガラ空きです。代筆は出来ませんが(そもそも市川さん自身そんな事死んでも言い出さないのでしょうけれど)ネタ出しなど相談にならいくらでも付き合えるんですよ。
「はあ……部長。この間のカラオケの事、覚えてる?」
私はすぐに頷いた。なんてったって私の退部撤回アンド部長継続記念にわざわざ皆が突発で開いてくれた集まりなのだから。あの時引いたコースター、きちんとスリーブを重ねて大事にしまっているんですよ。交換には出していないんです。
「そうね、そうよね。わたしだって忘れてないわ。清楚で穏やかな、この部でマトモ寄りの部長があんなに熱っぽく。既婚者への恋慕を吐き散らかしていたんだもの」
「その言い方はちょっと……」
「自惚れてはほしくないと前置きするけれど。好きよ。世間に許されない事でも、嘘をつかなかったあの姿」
へにょんと勝手に眉が下がる感覚。そんな私を無視して市川さんは話を続ける。
いえ、正直になれたのは佐野さんのお陰なのでして。あの出来事がなければ、皆にも嘘を話す私が居たのでしょう。そもそも何か話すまでに至れなかったのかも。そう話してしまうべきなのでしょうけれど、でも。
なんだかあの日佐野さんと過ごした時間は、陽の当たらない場所でもなるべく露わにしてしまいたくなくて。
それ以上私は口を挟まなかった。
「一般人を相手にする時の、ある程度の擬態は許容しても。同族相手にはああ在るべきだって思ったわ……そんな部長だからこそ、見てほしいの。アレを。来てくれなきゃ襟を引っ掴みたくなるくらいにね。そうだわ、ねえ部長。迎えに行ってもいいかしら。大丈夫よ家は把握しているもの、ね」
市川さんの表情はまた険しく、普段高い声は可愛らしさの面影残れど低く。
というか脅迫を受けていますか、私?
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