19.冗談じゃないと言いたいです
平日は遅刻などしないけれど、私に日曜日の朝が訪れるのはたいてい遅い。土曜日も同様である。
私もちいさいうちはもっと早い時間に姉に叩き起こされ、画面の中のヒーローを前に体育座りしていた。その姉はすっかりサブスクに浸かってリアタイを捨てた身なので、そんな定期イベントはもう起きない。しっかり睡眠負債を返済出来るわけである。
リビングのテレビが流すのもすっかりバラエティ番組へと移り変わったのだろう。うすら聞こえる笑い声と拍手をぼんやり聞きながら、私は階下へと――。
「――遅いのね、部長。道理でSNSでニチアサ実況をしていない訳だわ」
危うく残り数段を滑り降りるところだった。黒いスリッパだけが足から抜けて落ちていく。慌てて壁に寄りかかる私の視線の先、ツインテールが揺れた。
「ななななんで、市川さん」
「は? 約束を忘れたの、部長」
「違います今からご飯と身支度の予定でした! きちんと間に合う算段で起床しました! ……何で、ここに」
「だって、迎えに行くって言ったの断らなかったじゃない」
紅茶とバターの匂いがふわり。パンケーキにナイフが滑る。淡い水色のワンピースに身を包んだ市川さんは、優雅に甘味を摂っていた。私の家で。
おそらくいつも通りお姉ちゃんは昼まで爆睡、お父さんは仕事。食卓には彼女だけがついている。
「お母様が快く入れてくれたのよ」
「良い後輩ちゃんねぇ。起こしてこようかって聞いたらね、起きるまで待つって言ってくれたのよ」
片手に持ったフライ返しを緩くふりふり、お母さんはとてもにこにこ笑顔。普段私は真昼くらいしか家に連れてこないし、知らぬ顔が見えるのは親の目線からはとても嬉しいのだろう。
部長になった事を初めて報告した時なんて、何度も聞き返されたし翌日は晩御飯が私の好物で埋まった。それほど陰キャである娘を案じ慈しんでくれる優しいお母さん。
そんな親の前で後輩の怒りゲージを溜めきるなどとても出来ない。私は慌てて支度を済ませ、市川さんの手を引いて家を出たのだった。
「また行っても良いかしら。次はきちんとお土産を持つわ」
「良いですけれども……」
曇り空の下、並んで歩く。日差しが遮られそれなりに心地良い。日曜だけあって、目的地に近付くほど人が増えて来たのは居心地が悪かったけれど。
「あの、市川さん」
「何」
「そろそろ何で私を呼んだか……はっきり教えてくださいませんか」
駅に繋がるエスカレーターへ足を掛けた。市川さんに背後を取られながら、アナウンスの響く中を流れていく。
「だから。『見てほしい』と言ったでしょう? この先にはね」
喧騒に紛れてしまいそうな程、市川さんは静かに呟いた。先はまだ長く、振り向かなければまだ表情は見えない。
「とっても、口にしたくない位。それはもう恥ずかしいものがあるの」
それって私達が行っていい類のものなんですか? 躊躇う私を慮る訳の無いエスカレーターは私の体を上へ、上へと。
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