17.人間は、

 いやそんな。確かに佐野さんの合格に異論はありませんけれど、それは彼女が我が部の仲間になるに相応しい行動をしたからで。決して私の愛したあの人に似てカッコいいからなんて事ありません。神に誓って同じ学校の下級生に推しを重ねナマモノ萌えするなどはしておりません。文芸部部長の座を賭けます。

 そう長々と頭の中で渦巻きはしても。


「……い、いいえ……」


 吐き出されたものは言い訳にすらなり得ない。只の否定の一言。


「では。湯田先輩が納得するに値しなかったのですね、私の想いは」

「あ! 部長ちゃんい〜けないんだ。イケメンが泣いちゃうじゃん、せんせーに言ってやろ」


 茶化さないでくださいそもそも貴方がせんせーでしょう。なんて口にするより。一部だけまろびでた否定を何とかするのが先だった。


「違う。違いますよ佐野さん……その、合格です。合格ではあります。いいえと言ったのはですね……私が佐野さんに居てほしいという私情だけで合格させようとしたんじゃなく。そう、部長として!」


 早口になっているのが自分で分かる。これはよろしくない。けれども今は直しようがない。勢いを緩めればもう何にも喋れなくなりそうだった。


「貴方の『好き』と、何よりこんな急に設けられたテストに真摯に向き合った姿勢を評価していましてね。佐野さんの文章凄かったですもん、貴方もあの雑誌読んでたんですね。あの」

「だけで、と言いましたね。先輩」

「はい」


 ならば、と佐野さんはほんの少し首を傾けた。蛍光灯に照らされまるく輝きを宿す髪が、さらりと微かに揺れる。ああいうの、陽の人達はエンジェルリングと呼称するんでしたっけ。陰の者達的にならマジ天使?

 それから、口元に曲げた指を当てて。とびきりわるい女みたいに彼女は笑った。


「私情自体は、湯田先輩の脳裏に存在し得ましたか?」


 みたい、ではありませんね。この悪女! 悪魔! ファムファタール!


 ◇


 時間は少し飛んで。

 勘違いなんてしてしまわない為に。冷静になる為に。

 私は一緒に寄り道しようとしてくれた真昼の誘いを断って部室に残り、黙々と写経――私の最愛の詳細プロフィール(公式ファンブック参照)をただただ反復して書き取る行為を続けていた。やっぱり中性的なイケメン女子からしか取れない栄養はあるんです。うふふ。身長の数値だけでご飯がおいしい。


「部長」


 こつり、頭を硬い物で押される感触。振り向けばこちらへ突き出された文庫本。その表紙にはま白い髪を二つに結び不敵に笑う少女――この間臼杵さんが熱心に布教していたタイトルのライトノベルだ。とうとう来期にアニメがあるんだと涙まで浮かべていた。


「……市川さん。貴方も残ってたんですか?」

「言いたい事があったから」


 お行儀悪く長机そのものに腰を下ろす市川さん。くしゃりとスカートに皺を作ったまま、ぱしぱし本の背表紙で手の平を叩く。お姉さんとよく似た色を宿した瞳は宙へ向いた。


「次の日曜……そうね、お昼くらいから。空いてる?」


 市川さんから誘うなんて珍しい。そう思いはしても、怒られてしまいそうだから飲み下した。先約が無い限りたいてい部内での集まりについてきてくれるけれど、誘われない限りコラボカフェのドリンクファイトも果敢に単身で挑むのが市川さんだ。

 

「特に予定もありませんけれど……どうしました? キャラ数多いのにランダムがグループ分けされていない鬼畜仕様でしたか? 市川さんのジャンルは」

「違う。見せたいものがあるの」

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