16.あいきゃんすぴーく?

「待って、やっぱ顧問権限行使したい。あたし決めていい?」

 

 暴君の片鱗を感じます。

 いよいよ市川さんの顔にさす赤色が別の意味合いになってきた頃合いで、朱筆先生がゆるゆる手を挙げた。

 胡乱なこの人だって教師ではある。愉悦に顔を歪めはしてもそう酷い方法で生徒を争わせようとはしないだろう。心も歪めど理性までは歪んでいないはずだ。法は守るし実の親の怒りに踏み留まりもする(本人談より)のだし。

 今度こそ救いの一手を。三度目、いや二度目の正直を。お願いします、と私はほんのり期待を胸に。


「一分間スピーチ」

「すみません却下させてください」


 学生的な手段であるしとっても平和的である。けれど絶対に駄目。すぐに胸の期待を投げ捨て粉々に割り食い気味になる私、そして周りからも口々に嫌だとの声が上がる。

 悪名高きシャトルランよりかはまだマシである。けれども学校生活いい思い出の無い行為ランキングを勝手に作るなら食い込んでくる有力候補。心臓をヤスリで撫でられるかの様なプレッシャーを思い出す。

 私は解釈違い等での部内バトルはしないけれど、それでも一分間スピーチなんて物がこの先、南波学園文芸部流の伝統的な決闘として定着してしまうのは何だか許せなかった。争いを抑止する目的ならとても優秀な解なのでしょうけれども。本当に嫌です。


「部の中でだよぉ? べっつに部外者の視線もある前でやれって訳じゃない。ディベートも良いけど、今の様子のワンちゃんにやらせるのもね〜」

「数字のイチじゃなくて市場のイチ!」

「そこに怒るんですな……」

「あのあの、先生。せめて別の方法を」

「別に良いぜ」


 振り向いた私はとっても間抜けな顔をしていただろう。その堂々とした、もう神々しいまである顔に向き合うには不相応過ぎる程の。ふん、と鼻を鳴らしてお姉さんは笑った。白い歯を獰猛に覗かせて。

   

「アオイが嫌だってんなら不戦勝だなぁ?」

「はぁ!? 嫌だけどやんないとは言ってないわよ! 人の嫌がる事は進んでするもの……!」

「あああ乗っちゃった……良いですか先生、皆。今回きりにしましょうね、絶対こんなむごいこと、今回きりに……」


 頭を抱える私。うんうん、と頷き合う部員の大半。といっても片手に収まる人数ですけれど。

 朱筆先生だけが唇をとがらせて不満げだった。


「んま。そんじゃあ、次の月曜。放課後に部室集合で。部員達で点持って良かった方に投票! 奇数にする為にイケメン一号ちゃんも参加してね、あたしも審査員やるから」


 すっかりノッてきてしまった先生が勢い付けて両の親指と人差し指を立てる。古いお笑い芸人めいたそのポーズの先には佐野さん。指された本人はぱちぱち目を瞬かせた。

 そうですよね。幾ら日頃褒めそやされていそうなお顔をお持ちでも、いきなり妙な呼ばれ方で変な人に話を振られれば困惑しますよね。佐野さんになんて事するんですか先生。私にもう少し攻撃力があれば表に出して激怒していましたよ。市川さんに続くことも辞さない。


「私……の事でしょうか? であれば、私は先に試験通過で良いと?」

「だって部長ちゃんは君に居てほしそうだし」

「はい!?」

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