12.熱
「頑張ったね、ボス」
「どうか聞かなかった事にしてくだされ。まだ部長は病み上がりの身」
そうです病める程の恋でした。健やかなる時も微力ながら読者アンケ等で尽くしていました。
俯く私の両脇から、あの日テストの宣言をした二人がまた前に出た。そしてファイルをさっと受け取った臼杵さんに腕を引かれて席に戻される。視界の端では真昼が余りのパイプ椅子を立てて二人に座るよう勧めていた。私ってどうして部長なんでしょう。退部する気は失せたけれど、そんな思考がぐるぐる回る。二度もやらかしたんだから、二度も。
「……さて。良いですかな、同志達」
椅子の擦れる鈍い音。真昼が戻り、これで部員全員が席についた。互いの顔を見て頷き合う。けれどその後にあるのは暫くの間。誰も動かない。
深呼吸一つ、お飾りの部長――私が手を伸ばして。それに先輩が続いてくれた。
二つのクリアファイルの中身が今、陰の中へと晒される。
◆
「……失格よ」
「えっ!?」
そんな声が響いたのは、私が用紙を隣へ回し佐野さんの綴る文章の余韻に浸っていた時だった。彼女の綴る『好き』は淡々としていながらもすっと心に染みたし、何より字がとても綺麗だった。よそ行きのあの人みたいに。私が恋した彼女は素だととっても字が汚いんですけれど――というのは置いておいて。
緩く結んだツインテールがもっちりとしたシルエットを形作る女の子、一つ下の学年の市川青依さん。いつものへの字口が更に角度を増している。攻撃力が高まっている。
「ん」
私と同じく動揺を見せた皆へ、市川さんは原稿用紙を掲げてよく見せた。そこにあったのはマス目にお行儀良く収まった文章、なんて事は無く。
荒々しい、けれど――上手い。
絵に対してど素人の私が下手に評価は出来ないけれど、躍動感のある鉛筆画。描かれているのは私も見覚えのある組み合わせ。一般人気も高い週刊少年誌の看板作品のヒロインと敵対組織のリーダー。その二人が激しくぶつかり合う一瞬が切り取られている。
ああ、良いですよね殺伐ケンカップル。私も口論のみに収まらず戦闘にも及ぶ関係性は大好物です。それに危ないお姉さんと直向きな少女の闇✕光は――。
「萌えてるでしょ部長! 帰ってきなさい!」
わなわな震える市川さん。私は反射的に謝罪した。
ごめんなさい、夢女子の身であれど推しが絡まないカプはそれはもうおいしく食べられるので。
「べっつに収めろなんて言われてねぇもん。それに文章が書けなくたって良いんだよなぁ?」
後ろからくつくつと笑い声。椅子の軋む音もした。市川さんはそれを一瞥して、私達へ向き直った。眉の角度まで急になっている。先生の扱う巨大三角定規よりおそろしい。
「佐野は良いわ、けれどそっちのバカは駄目。だいたい原稿用紙渡されたんだからまともな力がなくても文字で戦うべきでしょ。文芸部じゃなくて漫研でオタサーの姫でもやれば? その他諸々を鑑みても我が部には相応しくない。ね、部長。落としましょう。さっさと」
語気の強い早口。
皆が気圧されながらも、ぷるぷると震える手が上がった。真昼だ。
「……い〜やいや待つでござる。拙者は絵師仲間が増えて嬉し」
「真柄は黙りなさい、三日前さんざん喋ったでしょう。これ以上尺を取らないで」
「ござるぅ……」
ああ、真昼が身体を縮めている。このままふわふわのプライズ景品になってしまいそう。
この雰囲気はよろしくない。この前臼杵さんと市川さんがカップリングで揉めた時ぐらいに――考えれば市川さんってだいぶ、こう。アタッカーですね。そうじゃなくて。
今回も何とか部長として、緩衝材の役割を果たさねば。新入部員予定の二人の目だってあるのだし。
「あの、市川さ――」
「――何だよ。そんなにお姉サマと一緒の部活が嫌か?」
ん、と閉じた口がそのまま舌を噛んでしまいそうになった。
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