6.あなたは分かってくれるのですか
そこからはもう、頭が持つ熱に記憶までとろけてしまって。二人が原稿用紙一枚手渡され出ていった事だけかろうじて覚えていた。
「――どうしよう……で、ござる」
「それは私も言いたいですよ」
翌日。昼休み、屋上へ続く階段の踊り場。私と真昼は並んで座り頭を抱えていた。
真昼から朝のHR前聞き直した情報によれば、彼女達は三日後また文芸部へ訪れる――指示通り『好き』を詰め込ませられた原稿用紙を持って。
「よく考えれば他人の萌えをジャッジ出来るほど、拙者は高みにいませんなぁ……」
「皆そうですよ、私だって」
試し合うのではなく、尊重し合うのが多分私達のあるべき姿。であるから、彼女達が再度来訪した時点で入部はほぼ確定する。この学校のどこかで臼杵さんも、他の皆もきっと同じ事を考えていてくれるだろうし。
それ即ち悪質な冷やかしではなく同じ熱持った同志が増える、非常に喜ばしい事。
喜ばしい事のはずなのに。
「…………」
手を握っては、開く。昨日の感触も温度もはっきりそこに残っていた。普段あまり人とスキンシップはとらないから事更に。
思い返せばあの時だけは失恋の痛みなんて忘れてしまっていた。それ程の衝撃だった。私の狂気の幻の中での『彼女』との有り得ない触れ合いより――こんな表現しか出来ないなんて、名ばかりの文芸部でもあってはいけないのだろうけれど。なんというか、凄かった。そうとしか言いようがなかったから。
生きた彼女に、私は触れられたのだ。
「……いや下級生でナマモノ萌えなんて――」
「――おや」
二人して酷く思い悩んでいたせいか、どうやら私達は階下からの足音に気付いていなかったらしい。
忘れようがない、光り輝く太陽が確かにこちらを見上げていた。
「ひえっ噂をすればぁ!?」
「こんなところで横転しないで! 大怪我しますよ!」
慄く真昼を何とか全身で繋ぎ止める。二人して転げ落ちる事にはならず、私達はそのまま数度深呼吸をした。当然そのくらいでは落ち着く事なんて出来ないで、ぴったりとくっついた真昼から伝わる心音も私と同じ様に煩い。
「ええっと……入部希望の……」
「どどどうしてここへ……? でござるか……?」
「テストについて考え事を……ここなら集中できそうでしたから。奇遇ですね、湯田先輩」
微笑みを浮かべ、彼女は階段を上ってくる。そこに醜態を晒す私達を嘲笑う色は無かった。ただただ、つくり物みたいに美しく眩しいだけ。
「だったらお邪魔で」
「折角ですし、ご一緒してもよろしいですか」
私が言葉を理解するより先に、彼女は腰を下ろした。
今、まさに手荷物を片付け立ち去るつもりだった私の隣へ。反対側からごちんと壁へ何かがぶつかる音がした。それと共に、視界の端でなにか四角いものが階下へ滑り落ちていく。頭を押さえて慌ただしく後を追う真昼の声が、足音が、酷く遠く聞こえた。
また彼女に引き込まれて、ページの向こう側へ居るみたいだった。
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