1.折れたし折ります、祈りの果てに
ゴールデンウィーク明けは憂鬱だった。
私は学生という身分を得てから毎年そうであるし、珍しくこの点はマジョリティ側であると思うのだけれど。今年は尋常ではないくらい酷かった。母親が朝ご飯に用意してくれたフレンチトーストが無ければ私はここに居ないだろう。
休みの間受けた失恋の致命傷も癒えぬまま、チェーンの錆びたママチャリを押して校門をくぐる。手を繋ぎ歩く男女が前方に見え密かに私は唇を噛んだ。良いですね、貴方達の間には壁など無くて。蹴るようにして雑にママチャリのスタンドを立てようとすれば、バネの部分に反発され少し恥ずかしかった。
ポケットに針の跡だけ二つ残したスクールバッグを前籠から取って、そびえ立つ校舎へと。自転車と別れても私の歩みの重さは変わらない。むしろ、余計に重くなった。今の私は処刑場に向かう罪人めいた顔だろうか。笑えます、もう十分に罰は受け切ったのに。愛した事が罪でした。おかあさんごめんなさい、存在しない女に恋をして。
彼女の笑みはもう私の救いでは無い。私を苛む呪いと化した。バフが消え去りバッドステータスが乗っかった陰キャがここに在る訳である。
そしてここは南波学園。虎の威を借ろうなんて気は無いが、スポーツ強豪校。精神も肉体も強い陽キャがひしめきあっている。私は特にいじめられてはいないが――居るだけで精神にスリップダメージが入り続けてしまう様な環境なのだった。姉の後を追って入ったのが間違いだった。
「つらい……」
心の内に溜まった汚泥の百分の一にすらならない私の呟き。それは容易に明るい声の中へ消えていく。
そして私もまた、同じ様に光の中――自分のクラスへと消えていかなければいけなかった。こんな私にも向こうから挨拶が飛んでくる空間、相変わらず身体が灰になってしまいそうだ。
やっとの事で席へと腰を下ろし、一日をやり過ごす。途中当てられた時彼女の名を口走りかけ、ほんとうに自分はおかしくなっているのだと再確認した。
けれどまだ斃れる訳にはいかない。
かろうじて迎えられた放課後、私は広い校舎の片隅へ身体を引きずる。陽キャ達を蝶とするならさしずめだんごむしである私達にとっての湿った石――文芸部の部室へと。
「…………」
中はやけにしんと静まり返っている。各々がスマホや本に向き合いつつも、うめき声の一つも聴こえない。普段はもっと笑ったり泣いたり早口で喋ったりしているというのに。それ程皆進捗が酷いのか。
そんな状況の中だから申し訳なさは当然あるのだけれど、どうしても私は口を開かなければいけなかった。
この文芸部の部長として、伝える義務が私にはあった。
「話が、あります」
集中していただろうに、全ての瞳がこちらへと向く。信頼出来る部員達のそれは私の心をどきりともさせなかった。
そう、目が合ったって苦しくない私の仲間達。
貴方達の為、私は責任を果たしましょう。
「――部長を辞めさせてもらおうと思って」
私、今日をもって断筆します。
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