2.狂妄に報いはあるべきでしょう

「…………」


 変わらず部室には静寂が在る。ああ、呆れられただろうか。けれどごめんなさい。作品ですらない病みをネットにぶち撒ける事すら出来ないくらい、私の指は石になってしまいました。

 女の子相手に取られたならまだカップリングとして推せたけれど、相手が男だったのでもう駄目。

 幸せならOKです、なんて言うべき事を言えない私。

 もう崇める資格も無いから、神様のフォローをそっと外した私。

 ならば、静かにここを去るべきでしょう。字書きどころかオタクの三文字を肩から下ろすべき時が来たのです。


「それじゃあ、これで――」

「――ダメに決まってるでしょお!?」


 引き戸へと手を掛けた私の腰へと巻き付く腕。それを皮切りに、身体のあちこちをがっちり掴まれる。スズメバチを殺さんとするミツバチめいて、部員達が結託していた。私は鱶の餌食にもなった気分だった。


「正直失恋報告だと思ってた、そんな時期が僕にもありました」

「部長殿が居なくなれば夢女子は拙者一人! どうか再考を!」

「ごめんね……! SNS浮上してない時点で話聞けば良かったね……!」


 基本的に運動部よりずっと肉体の弱い者の集まり。腕力はどんぐりの背比べ。ならば単騎である私が負けるのは当然であった。

 あれよあれよと言う間にずるずる引きずられ、一番奥にあるパイプ椅子へと肩を押して着席させられる。そして私の後ろに部員の一人――唯一高等部の三年生である先輩が立ち、いよいよ逃げられなくなった。


「……皆、知ってたんですね」

「だって部長めちゃくちゃ布教してきたじゃん」

「公式アプリで追わせていただいていたでござる」


 なんと。

 ゴールデンウィーク前の私なら、そんな言葉を聞けば嬉し涙を流していただろう。だが今は何も流れない。最早神様からも人間からも救われ得ぬ私は枯れていた。乾いてひび割れた隙間に言葉がただ落ちるだけ。余計に自分が嫌になる。一刻も早く話をつけて消えてしまいたい。皆の青春の一コマからデリートされたい。バックスペースキーはどこでしょうか。


「推しがああなるのはキツイよねぇ」


 一人がそう言えば、皆が口々に同意の言葉を吐いて頷いた。


「でも!」


 私はそれに続けず、勢い任せに机を叩く。


「……でも、アレは少年雑誌で起きたことなんです……! クライマックスに付随するヘテロカプ成立ラッシュなんて覚悟の上で読むべきだったんです! ええ、そうです。サブキャラだとあぐらをかいていた私が全部悪いんですよ…………! これが百合専門誌なら私は今頃堂々と世界を破壊しています! その権利がありました!」


 ぶんぶん首を横に振れば、きっちり結んだ髪が自身の肩を叩いた。日ごろ私達を助けてくれている縁の下の力持ち、長机ちゃんへ暴力を振るった手のひらだってさっきからヒリヒリする。けれどそれより心が酷く痛い。まだどくどく血を流しつづける傷口に自分で手を差し入れ開いて見せている様な。そんな言葉を吐いたから。


「自分でライフを削らないの部長! とりあえず落ち着き」

「――たたた、助けてくださーい!!!」


 開いた扉から倒れ込む様に入室する姿。彼女の作風を体現したような、ミルクティー色のふわふわウェーブ髪が床に広がる。この部で一番年少者、皆で妹の様に可愛がっていた中等部の女の子。守るべきいのち。

 私が立つより早く、その身体を一番近くに座っていた部員が助け起こす。さながら主人公とヒロインがフラグを築くシーンだった。

 

「貴殿まで一体何が……原稿でござるか?」

「それもですけど……あのぉ」


 震える指が示す、開けっ放しの入り口。

  

「にゅ、入部希望ってヒトがぁ……」


 そこには――そこには。

 光が在った。


「すみません、急に」

「んだよ、取り込み中か……?」


 私が失った筈の太陽と、私の知らない月が。

 煌々と輝いていた。

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