13.原因はフローゼ?
「あ、アート。起きたのね。おはよ」
アートレイドが目を覚ましたことに気付いたフローゼが、笑顔で挨拶する。
「おはよ……って、俺、いつから眠ってたんだ?」
起きてすぐでは頭が働かないし、身体もうまく動かない。眠る前のことがなかなか思い出せず、何から考えていいのかわからず、アートレイドはひどく戸惑っていた。
「昼頃だったかな。やっぱり疲れていたんだ。かなり深く眠り込んでたからな」
ディラルトは、自分が眠らせたことなどおくびにも出さない。
昼食ができて呼びに来たフローゼが、アートレイドを見て驚いた。本が落ちて頭に当たったのか、とうとう倒れるまでに疲労がたまったのか、と。
だが、ディラルトが口元に指を当てて「静かに」というジェスチャーをするのを見て、よくない状態になった訳ではない、と思い直す。
それから、ブランケットの一枚でもかけた方がいいのでは、と思ったが「あいつの周りに温かい空気を送り込んでいるから、あのまま放っておいても風邪をひいたりしないよ」と言われたので、そのままにしておいたのだ。
そして、今は夕暮れ時。
夕食の準備はだいたい済ませられたので、少しの時間でも手伝おうとフローゼが魔法書を数冊見たところで、アートレイドが目を覚ました、という状況だ。
「ディラルトに少し目を閉じるように言われて……俺、それから何時間寝ていたんだ?」
アートレイドは、ディラルトに眠らされたことに気付いていない。
彼に言われ、されるままに目を閉じて数分休むつもりが、こうして気が付けば数時間が経っていた。半日近く寝て過ごしたようなものだ。
時間を無駄にしてしまった……と、アートレイドが落胆しかけていると、フローゼが少し怒ったように言った。
「アート、やっぱり倒れる寸前だったってことよ。無理しすぎ」
「えっと……でも……」
「長引いたらうちに迷惑がかかるって、まだ言う気? そんなこと、心配しなくてもいいんだってば」
そう言ってから、フローゼは穏やかな笑みを向ける。
「今眠っていた分は、明日に取り返せばいいじゃない。慌てなくても、魔法書は逃げないわ」
アートレイドが本当に一度倒れたことを、ディラルトはフローゼに話していない。だから、フローゼは「ディラルトが強引にアートレイドを休ませているうちに、彼が眠ったのだ」と思っていた。
「うん……」
どうして起こしてくれなかったんだ、とディラルトを責めたところで、もう時間は過ぎてしまった。それに、一番悪いのは気を抜いて眠ってしまった自分だ。
ただ、眠ったおかげか、今朝より身体が少し軽くなった気がする。
「この辺りの棚を見たが、
「ごめん、ディラルト。手伝ってもらうはずが、一人でやらせてしまって」
「そんなこと、気にするな。他にすることがないんだから、構わないさ。そろそろ切り上げて、母屋へ戻ろうか。フローゼのおいしい料理が待ってるから」
ディラルトに促され、アートレイドはフローゼと共に母屋へ戻った。もちろん、夜の書庫へは、フローゼによって出入禁止である。
「ずっと探していたんだが……我々が関わった仕事の中に、魔物が深く絡んでくるようなものがほとんど見付からない。それらしい存在に接触したこともないし、逆恨みされるようなことがなかったかも探したのだが……」
食事の後、ネイロスがため息をつくように言った。
一日中、過去の仕事について調べていたが、これという収穫がなかったのだ。ユーリオンの方でも、それらしいものは見付からなかった。
逆恨みについては、相手の気持ち次第の部分もある。どこまで網羅できているかは少し怪しい。
「仕事でないとすれば……たとえば魔法道具は? 二人も魔法使いがいるなら、その手の道具は色々あるんじゃない? 魔物の身体の一部を利用した物だとか、魔物がほしがるような素材でできている物とか」
「魔法道具で……。うーん、これと言って思い当たるような物はないんだけれど」
ディラルトに言われ、ネイロスとユーリオンは自分達の持つ魔法道具を思い返してみた。
ほとんどの物が、書庫と対のようにして建っているはなれに置いてある。
ネイロスとユーリオンは、魔法の研究をそこで行うのだ。魔法の失敗などで壊れないよう、小さな建物ではあるが、この母屋よりずっと頑丈に造られている。
そこにある物を思い返し「これは何々でできているから、違う」と自分達で判断したり、実際に持ち出して来てディラルトに意見を求めたりし、魔物に狙われそうか否かの結論を出していった。
……やはり、これといってめぼしい物はない。
「魔物に別の目的があって、たまたまこの家がその道中に建っていた……というのは、希望的推測になってしまうかな」
魔物の進行ルートに人間の家があって、行きがけの駄賃とばかりに目に付いた人間を襲った。
ユーリオンがそんな説を出したが、自分で否定する。それでは、フローゼが村の外で襲われた点が解決しないからだ。
「そもそも、フローゼが襲われた理由は何だろう。同じ場所で襲われたなら、偶然とも言えるだろうけれど。彼女は小さな火を点けたり、かまどの火が大きくなるように風を送り込むくらいしかできないのに」
フローゼに「少しでも家事が楽になるよ」と言って、魔法を教えたのはユーリオンだ。
火の魔法ができるようになって「もし他にも習いたいならいくらでも教えてあげるよ」とは言ったが、本人が希望しなかったので大きな魔法は教えていない。
せいぜい、雨の日は洗濯物が乾かないから風を起こして湿気を飛ばす、といった魔法くらいか。結局のところ、家事で役立つ小さな魔法ばかりだ。
そんな人間でも、魔物には一人の魔法使いとみなされ、攻撃の対象になってしまうのだろうか。
「魔法使いを狙うつもりなら、ユーリオンかわしが対象になるはずだが」
「一度、原点に戻ってみた方がいいかも知れないね」
「原点、かね?」
ネイロスがディラルトを見る。
「魔物が現れた時の状況をもう少し詳しく突き詰めていけば、両方に共通するものが出るんじゃないかな。この近くに妙な魔物が巣を作った、なんて仮定はしばらく横に置いておこう」
現れた魔物。その種族と数。襲われた場所。襲われた人物。
ユーリオンが、それぞれの状況を箇条書きにしていく。
「こうして並べて考えていくと、共通しているのはやっぱりフローゼかな」
「えっ、私?」
襲われた時の状況を話し、どういう結果が出るのかと待っていたフローゼは、自分の名前が挙がって目を丸くする。
ユーリオンもさっき不思議がっていたが、フローゼ自身も魔物に襲われる心当たりなどなかった。
魔物に何かした覚えなど、全くない。そもそも、魔物に出遭ったのは一昨日が初めてだ。話で聞いたり、本で少し読んだことがある程度。
どこかで魔物の何かを壊したとかならともかく、襲われる理由なんてどう探しても見付からない。
「どちらにもいるのは、きみだからね」
確かに、二回とも襲われたのは自分だ、という自覚はあるが、もちろん理由などわかるはずもない。
「私、魔物を怒らせるようなことなんてしてないわ」
「怒りが原因とは限らないよ」
「ディラルト、そこには俺もいたぞ。あ、シェイナも」
昨夜シェイナが口にした不安が、アートレイドの頭をよぎる。
一度目はフローゼを助けた形になったが、彼女は単に巻き添えになっただけ。本当は自分達が狙われていたのに、そばにいたフローゼがとばっちりを受けてしまったのでは、と。
黙っていることもできたが、ディラルトは頭がきれるようなのですぐに気付くだろう。
魔物が襲ってくる理由はともかく、もし自分達のせいであれば、ここを出て行けばこの家族は安全になる。
「ああ、確かにお前達もいるようだな。だが、一歩遅れてる」
「一歩?」
言われた意味がわからず、アートレイドは首をかしげた。
「フローゼが襲われているところへ、アートレイドやシェイナが助けに現れた。昨日も、状況としてはそうだっただろ。魔物が最初に手を出しているのは、フローゼだ」
話を時系列で考えれば、ディラルトの推測に異議を唱えることができない。
理由はともかく、最初にフローゼありきなのだ。
「一昨日現れた魔物は、全部仕留めたはずだけど」
「先発が戻らないから、後発が数を増やして現れた、というところだろう」
魔物がネイロス邸まで来たのも、そこに彼女からいるから、と考えれば納得できる。村の他の場所には魔物が現れていないのも。
偶然かも知れない。でも、偶然ではないかも知れない。
「しかし、どうして……。ユーリオンもさっき言ったが、フローゼが使える魔法はごく限られたものだけだ。しかも、この家の周囲でしか使ったことはない。とても魔物に目を付けられるとは思えんのだが」
もろちん、フローゼが魔物退治をしたことなど、一度もない。少なくとも、意識して魔物に恨みを買うようなことはしていないのだ。
「魔法でなければ、彼女そのものに何か秘密がある。もしくは……同じように持っていた物はない?」
ディラルトの後の言葉は、フローゼに向けられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます