14.形見のペンダント

「持っていた物?」

 ディラルトに言われ、フローゼが首をかしげる。

「そう。もしくは、身に着けている物」

「服は、あたし達が会った時と昨日では違うわよね」

 アートレイドはそんなことなど覚えていなかったが、さすがに女の子のシェイナはそういう部分をちゃんと覚えている。

「ええ、そうね。それなら……靴かしら。それと、このリボンも同じね」

 フローゼの三つ編みには、赤いリボンがついている。同じ色のリボンを首に巻いているシェイナと「おそろいね」などと言って、彼女たちが笑っていたのをアートレイドも聞いているから、それは間違いない。

 どこにでもありそうな、木綿のリボンだ。

「リボンを魔物がほしがるかしら。じゃあ、次に狙われるのはあたし?」

「そのリボンが特別製なら、ね」

 ディラルトが苦笑する。

 さすがに、魔物が単なるリボンを狙って徒党を組むことはないだろう。だいたい、リボンが欲しいなら街へ行けばいくらでもある。

「フローゼ、他にはないかな」

「んー……あ、ペンダントがあったわ」

 服の下から、フローゼは白い玉が三つ連なったペンダントを出した。昨日、形見だと言って、アートレイドも見せてもらったものだ。

「そのリボンより、それの方がずっと可能性がありそうだね」

「え、これが?」

 フローゼは困惑して、ネイロスやユーリオンの顔を見る。

「これは、フローゼの生みの親の形見でな。父親が母親に贈った物だ、と聞いた」

「つまり、正確な出所がわからない、ということになる」

 ディラルトの思いがけない切り込みに、ネイロスは一瞬言葉に詰まる。

「仮に何かいわく付きの物であっても、知っている人間がここには存在しない。そういうことだよね?」

「それは……確かにそうだが」

 フローゼの育ての親でもある叔父レンデルは、母の弟。フローゼの両親が亡くなり、遺品の整理をした時にこのペンダントを見付た。

 ペンダントが手元に来た経緯は、姉から聞いている。レンデルは、それを二人の娘であるフローゼに渡そうと考えた。

 しかし、その時のフローゼはまだ二歳。単なるおもちゃになるのが関の山だ。

 彼女が大人と言える年頃になった時に渡すことにして、それまではレンデルが預かることにした。

 やがて、レンデルはネイロスの娘ライカと結婚。その三年後にレンデルは亡くなるのだが、そのペンダントを「フローゼが大人になったら、渡してほしい」とライカに頼んだ。

 その二年後にライカはユーリオンと結婚したが、彼女はその六年後に亡くなる。ライカもまた「フローゼが大人になったら、渡してほしい」とペンダントをユーリオンに託した。

 大人に、と言っても、街や村によって大人として扱われる年齢が違ってくる。いくつを大人とみるべきか迷ったユーリオンは、ネイロスに相談した。

 娘のライカから話は聞いていて、ペンダントの存在を知っていたネイロスは、パルトの村から一番近い街の法律に従って判断すればどうか、とアドバイスをする。フローゼの両親が住んでいたのが、その街だったからだ。

 ユーリオンも、その案に賛成する。

 先月、フローゼは十六歳になり、街の法律で大人として扱われる年齢になった。

 誕生日のその日にユーリオンがこのペンダントを渡し、ようやく故人達の遺志が叶えられたのである。

「このペンダントの出所がどこなのか、どういういきさつで買った物なのか。ディラルトの言う通り、ぼく達には全くわからない。知っているのは、故人であるフローゼの実父だけだ。……これが、魔物の狙いだと?」

「他にありえそうな物、ある?」

 ディラルトにこちらを見られても、フローゼは首を横に振るしかできない。

 これ以外に、共通して昨日、一昨日と身に着けている物はないからだ。

「関係があるかどうかわからなかったから黙っていたけれど、実はよそで少し物騒なことが起きていてね」

 ディラルトが声のトーンを落とし、フローゼは思わず胸のペンダントを握りしめた。

☆☆☆

 この世界には、竜という生き物がいる。頑健な身体を持ち、非常に長命で強い魔力を有する存在だ。

 竜は森の奥や湖の底、人間には登れない高山にいる、などと言われるが、それが真実かどうかは誰にもわからない。

 時には姿を変えて人間の街へ現れる、などと言う者もいる。

 ここにいる、あそこにいる、こんな話がある……と、いくら騒いでも、実は人間は竜のことをよく知らない。出会う人間が非常に少ないためだ。

 出会った人間が少ないということは、竜についての情報がとても少ない、ということ。つまりは、人間にとって神出鬼没の存在。

 竜に会い、こんなことを語り合ったとか、こういう行動をしていたと誰かが言っても、それが真実かどうかを判断する資料などがほとんどない。

 本当に出会った人が話しても「あいつは嘘つきだ」とののしられることもある。逆に、会ったこともないのに「会った」と言って、尊敬される人間もいる。

 そんなことが多いので、本当に会ったことがあっても黙っている人が大半なのでは、といったことも言われるのが現状だ。

 竜に対する認識がそんな程度の世界で、まことしやかに伝わっている話があった。

 何千年も昔のこと。

 ルキという火山が、大噴火を起こした。山の周辺は大量に流れる溶岩に覆われ、そこに棲んでいた獣達は逃げ切れずに次々と命を落とす。

 そこへ、旅をしていた若い竜が通りかかった。

 溶岩は流れ続け、火山弾が噴火口から次々に吐き出されては流星群のように地面へ降り注ぐ。

 そんな中でかろうじて無事な土地があり、だがそこに棲む獣達が退路を断たれてよそへ逃げることができずにいた。まさに陸の孤島状態だ。

 その若い竜は、そんな孤島で立ち尽くすしかない獣達を見付けた。

 竜は冷気を吐き出し、高温の溶岩を冷やして何とか獣達が逃げる道を作ろうとする。しかし、噴火は収まらず、溶岩も流れ続けた。

 それでも、竜の力によって踏んでも火傷しないような温度になるまで、地面が冷えていく。獣達はどうにかその場から逃げ、安全な地を求めた。

 しかし、竜はその場にとどまったまま。

 力を使いすぎていたのだ。

 どんなに魔力が高いと言っても、やはり生物。自然本来の力には敵わない。

 獣達が全て逃げた、とわかった後に倒れ、自分を守る力さえ失っていた竜に、溶岩は容赦なかった。

 やがて、長い時が流れる。

 ルキの山は死火山と呼ばれるようになり、周囲の地形もずいぶんと変わった。

 そこへ人間が訪れ、巨大な動物の骨を発見する。その時の竜の遺体は肉こそ消えたが、骨は見事に残っていたのだ。

 しかし、人間にはそれが何の動物かを知る手立てはない。

 ただ、その骨を磨けばとても美しくなり、装飾品にすれば高値で売れるとなって、商魂たくましい人間はそこにあった骨を全て商品にしたのだ。

 やがて、その骨に魔力が宿っていることが発見される。そこから、あの骨の持ち主は竜だったのではないか、という話につながるのだ。

☆☆☆

「竜の骨は魔骨とも呼ばれ、強い力を有している。そういう話はわしも聞いたことがあるが……それが今回の件と、どんな関係があるのかね」

 竜の骨の話を知っているか、と尋ねられ、ネイロスはいぶかしげな顔をしながらうなずいた。

「若い竜が寿命を待たずに果ててしまうと、その竜の骨はとても強い魔力を持ち、他者の、それが人間でも魔性でも、魔力と反応して強い力を引き起こす。その術がよいことでも悪いことでも、関係なし。悪事に使われると、街や国を滅ぼす力を持ちかねない危険な代物だ。そうなることを危惧した竜達が、世界のあちこちに散らばった魔骨の収拾にあたり、その力を消したり弱めたりしている。そんなことも伝わっていたりするけど、知ってる?」

「ああ。かなり大量に出回っている、なんて言われている話を聞いたことがあるよ。だけど、竜を見たことがあるって人が少ないのに、それが竜の骨だって言ってもいいのかなって。かと言って、それが竜の骨でなければ、竜が収拾する必要もない訳だし……」

 要は、大勢の人間の口から口へと伝わった噂話であり、竜の存在を夢見る人達が自分達の近くに竜がいる理由を作りたい、ということでできた話だ。

 いわゆる、夢物語。

 魔力を増幅するような魔法道具は、この話があるために「魔骨が使われている」と売り手が吹き込んで高値で売ろうとするのだが、そこにあるのは胡散臭さだけである。

「噂の域を出ないんじゃないのかい?」

「たくさんの噂の中に、一つだけこっそり真実が交じっている、というのはよくある話だろ? 竜の骨かどうかはともかく、巨大な生物の骨だという点は、かなり信憑性が高いらしいよ。竜ではなくても、巨大というだけで何らかの力を持つ者はいるし、それも魔骨と呼んでいいんじゃないかな。その魔骨で作られた物は、実際各地に存在しているんだけれど……」

 魔骨について話したディラルトは、そこで言葉を切った。

 ネイロスやユーリオンは知っているようだったが、アートレイドは魔骨については初耳だ。師匠のヤオブがもっと長生きしていれば、いつかは教えてもらっていたのだろうか。

 それはともかく、アートレイドはディラルトの次の言葉を待った。

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