第4話 死んでくれる部下&会社ゲットRTA・後編



 そして、



「うおおおおおおおマヨネーズよこしてええええ!」

「マヨネーズ! マヨネーズ!」

「焼き鳥にヌリヌリするだけで……んほおおおおおおッ、ウマヒ~~!?」

「アズ・ラエルくぅぅぅうんッ! ぜひともウチのレストランで、マヨネーズを使わせて~~~!」

「ウチとも契約をーッ!」

「もうこれがないと何も食えないよぉ~~~!?」



 ……販売から数週間後。マヨネーズはドン引くほどの大ヒットとなっていた。


 ど、どうしてこうなったあああああーーーー!?


 最初は、『あ、ショタ男の子クンがなんか売ってるぅ~♥ おままごとかな?♥ わたしをママにするがいい』と、俺の物珍しさに惹かれて女性が集まるだけだった。

 が、しかし。俺のマヨネーズ串焼きを情けで買い、期待してなさそうにクチに運ぶや――人気が、大爆発した。



『アズくぅぅぅんッ!♥ マヨネーズもっと頂戴!♥ さっさと下着を降ろすがいい』


「そっちのマヨネーズは売ってませんよー……!」



 今や毎日、『地方都市ムサシノ』中から大量の客が押し寄せるようになっていた。露店ではすぐに対応できなくなり、それなりの店舗を借りて必死に客を捌いている状況だ。

 ちなみに店名は『マヨ・ラエル』。急ピッチで適当に名付けた。



『マヨ串焼きまだーーーーーーー!?』


「は、はいはいはい……! うぐぐ……そういえば、この世界は女性社会。肉体労働や冒険者みたいなハードな職も、みんな女性がやってるんだったな」



 ヘタな男より、女性のほうがカロリーを好むものだ。で、女性だからってみんながみんな、スイーツだけ食ってりゃ満足ってわけじゃない。

 『高カロリー調味料』の需要の下地が、完璧に整っていたってことだ。



「その活火山を、俺がたまたま大噴火させちゃったわけだな……。こうなるなんて一切考えてなかったのにぃ……!」



 無能な俺に深い考えなんてあるわけがない。この展開は完全に想定外だった。



『マヨネーズッ! マヨネーズ出せッ! 上と下から!』



 下からは出さねえよ。



「うぉぉぉぉ、忙しい忙しい……! バイトも雇ったけど、全然追いつかないし……!」



 汗を噴きながら串にマヨをかけて差し出す俺。

 ちょっと日銭を稼ごうと思っていただけなのに、どうしてこんなことに。



「うーん、このままじゃまずいよなぁ……! ただでさえ男がザコで立場の低い世界なのに、生意気にもお金持ちになっちゃったら……!」



 極道ヤクザの強盗に殴られた痛みが蘇る。

 運がいいのか現状は襲われていないが、それも時間の問題だろう。これ以上成り上がって堪るか。



「マヨ事業、早いとこ辞めないとまずいよなぁ。いや、でも……」



 とある理由で辞めづらいんだよなぁ、と。

 俺が悩んでいたとき、そのとき。



「――アズ社長、お疲れ様……♥」



 耳朶になぞるような囁き声。それと同時に、汗で濡れた額が、そっと優しくハンカチで拭われた。



「あ、ああ、フーリンさんどうも」


「ううん、いいの……♥」



 手の伸びてきたほうを見れば、無表情に、だけどほのかに口角を上げた、金髪ウシシスターさんが立っていた。

 先日ギルドで知り合った少女、フーリンさん。バイトというのは彼女のことだ。



「社長のお給料のおかげで、病気のママが治療できてるから……!♥」


「うぐッ……!?」



 ――店が畳みづらい理由は、それである。


 いや本当に偶然なんだよ。『誰でもいいからバイト欲しいな~~』と思っていた時、ふと思い出したのが、何やらお金を必要としていたフーリンさんだった。

 で、俺的にはお金なんて大量に持ってても襲われるだけだから、あぶく銭のマヨ資産を減らすためにも『日給十万ディナール払うから手伝ってくれませんか?』と声をかけたんだよな。

 そしたら――『うえぇえええええーーーんっ!』と泣かれた。

 あのときはビビったな。最初は男の下で働くのがイヤなのかと思ったが、しかし。



「ママの高額な薬代、アズ社長のお金でなんとかなってる……! おかげで最近は回復に向かってきた。社長には、感謝しかない……っ♥」



 ――実はそのような事情を抱えており、俺は偶然にも、彼女とママさんの救世主になってしまったのだった……!

 そのせいで冷たかった目もとろんとしている。過大評価だからやめてくれ!



「お、大袈裟ですよフーリン! ホント、たまたまなんで……っ!」


「ふふ、照れて誤魔化さなくてもいい。だって社長、『女を支えられる男になる』って宣言してたし」



 それはアホだったときの発言だ!



「それからギルドを出るとき、『自分なりのやり方で生きていく』って言っていた。つまり社長は事業を始めて、経済力で女の子を助けていくってことだったんだね……!」


「違いますからッ!?」



 全部勘違いだからッ、と喚こうが、フーリンさんは「ん、わたしはお姉さんだから、全部わかってる……♥」とか宣って言うこときかねぇ。俺のことを信頼し過ぎだ。



「あとママにマヨも舐めさせてる。これうますぎ。マヨ串焼きうっっま……くちゃくちゃ……♥」


「仕事中に商品食べないでくださいね~。しかも咀嚼音立てないでくださいね~。あと重病人にマヨは重いような……いや、天人だからいいのか……?」


「めぅ~……♥」



 ま、まぁ幸せそうに頬を膨らませているようで、よかったよ(食事マナーは終わってるが)。

 冒険者だったときの彼女は荒れていた。母親を治療するために頑張るも、冒険者は危険な仕事だ。自分が怪我をして治療を受けなければいけない時もあり、なかなか稼げず焦っていたらしい。そこで俺と知り合ったわけだな。



「社長は優しすぎる。嫌な女だったわたしを、身を粉にして助けてくれてる。わたし知ってるよ。儲けのほとんどを給料にして、社長は全然お金を手にしてないこと!」



 それが目的なんだよッ! だから感謝とかしなくていいんだよ!



「このご恩は忘れない。社長のこと、わたし全力で守るよ」



 長刀の柄に触れるフーリンさん。キンッ……という頼もしい音色が響く。


 そんなこんなで、今や彼女は俺の用心棒となっていた。大金持ったザコ男子なんて、この世界じゃカカポが金塊担いだようなものだからな。過剰評価はともかくとして、守ってくれるのはありがたいよ。



「ママを助けてくれた社長、大好き……♥」


「ど、どうも」


「この世から消えるときは、わたしも一緒でいい……♥」


「えぇ」



 ……ママのことがよっぽど好きらしいな。初対面では罵って来たのに、今やちょっと重たいくらいだ。いやちょっとじゃねえな。



「ついでにクランも一緒に消す」


「――ってウチもっすかぁ!?」



 勝手に殺さないでくださいよお嬢ッ、と客の向こうから喚く声が。イヌ耳赤毛のシスター少女2号・クランさんだ。



「まったくお嬢は……あぁ、社長。勝手ながらコーンとテープで蛇行列作って集客面積抑えておいたっす。道幅取りすぎると他の商店さんいい顔しないんで。それと顔つなぎがてら近場の店からジュースや昼食買ってきたんでどぞっす。あと集客ピーク来たら調理に加わるっすね~」


「あ、ありがとうございます。クランさんは有能だなぁ……」


「いえいえそんな~。あぁっ、フーリンのお嬢ってば口元よごれてるっすよ~! ほら、拭うから顔貸すっす~!」



 甲斐甲斐しくフーリンさんを世話するクランさん。先日フーリンさんが『この子、タダで使っていいよ』と連れてきたお姉さんだ。タダでは使わんが。フーリンさんより年上だが、なんか手下みたいなポジションらしい。

 色々と小器用で、調理から会計まで出来るすごい人だったりする。明るいし社交的なので、今は列整理と客対応をしてもらっている。

 逆にフーリンさんは色々不器用なので、護衛と味見担当だ。この子、表情筋も仕事してないしなぁ……情緒も微妙に幼いような。くち拭われてるし。



「ん~~、クランは細かい。おおらかなわたしのほうが、大人レディ度では上……アズ社長もそう思うよね?」



 ノーコメントにさせてほしいっす。



「ちなみにフーリンさん、『社長』って呼び方はできればやめてくれると。すっかり大事業になりましたが、社長には嫌な思い出が……」


「? 社長は社長でしょ? よくわかんないけど、このまえクランが『勝手ながら、このまま税金白色申告だと経費控除あんま出来ないんで、青色申告かつ企業法人枠で節税できるよう開業届とか作成しておくっすね~』ってやってたから」


「あの人有能すぎるでしょッ!?



 税務処理までやってくれるのもうこええよ! ダメ人間になるよ!



「やっ、せめて俺に一言あっても……!」


「してたよ。社長、忙しそうに『それでオーケーですお任せしますッ! あっ、次のお客様~!』とかちゃんと答えてた」



 チクショウッ! 無能ゆえにキャパオーバーしてたときかいッ!



「とほほ……二度目の生でも社長かぁ……。あ、次のお客様どうぞ~。え、下半身のマヨネーズ? だからかけねえよ!」



 ともかく必死にお客さんを捌ききる俺。クランさんが超速で手伝ってくれることもあり、今日もどうにか乗り切ることができた。夕焼けがまぶしいぜ。



社長、お疲れ様はひょー、おふはれはま


「なんて……?」



 まかないのマヨ串焼きを(俺に作らせて)食べているフーリンさん。続けて、「マヨうっっっま。あ、実は社長に、話があるまひょうっっっみゃ。ふぁ、ひひゅふぁしゃしょうに、はにゃひははふ」と言ってきた。なんぞ?



「はふひゃぁ~」


「フーリンさん、これは豆知識ですけど、飲み込んでから喋るといいですよ」


「んくっ……おお。社長かしこい」


「……ども」


「実はそんなかしこい社長に今度、かしこいわたしはママのことを紹介したい。ウチに来てほしい。ママもお礼をしたがってる」



 ほほお。



「お呼ばれですか。いいですね、それ」



 いやホントに。報われない前世の社長時代を思えば、人からの感謝は染み入るものがある。

 事情も知らずたまたま助けただけだが、ぜひ会いに行くとしよう。



「わかりました。お母さんによろしくお伝えください」


「やった」



 無表情で小さくガッツポーズするフーリンさん。可愛い。「ママ、絶対喜ぶ」と嬉しそうだ。



「お母さんのことが大好きなんですね。ちなみに、お母さんってどんな人なんです?」


「ん~~~綺麗で~やさしくて~ふわふわで~」


「わぁ~」



 と、和やかに会話する俺。いやぁ、期せずして社長になっちゃったが、綺麗な女の子と話せるってのは役得だな。

 前世の最後が極道のカスに殴られて終わり、なーんてこともあって、神様が運を回してくれたのかもなぁ。ははは。



 そんなことをのほほんと考える俺に――彼女は軽く、こう言った。



「あとママ、極道マフィア


「……え?」


「ママ、極道マフィアの、組長ボス



 ファッ!?




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【Tips】


アズ・ラエル:色素の薄い転生者。無能で運が悪く、前世では引きこもり、倒産確定の社長の座を押し付けられて、極道に殺された。

がしかし、無能で運が悪い結果――『日銭を稼いでひっそり生きる』という目標に、見事失敗。

大ヒットを飛ばしたうえ、助けた母子が、極道の組長とその娘というミラクルを起こした。死にたい。



フーリン:十七歳。『Type:猛牛タイプ:ミーノ』のウシ天人。刀装備の金髪シスター。隷光輪の色は蒼。彼女もなぜか色素が薄い。無表情気味。別に不幸だから無表情に育ったというわけではなく、『周囲や母親に甘やかされまくったおかげで他人の顔色を読む必要がなく育ったから表情筋が未発達なだけ』な感じのマザコン無表情。


一番どうしようもないタイプ。



クラン:十八歳。イヌ獣人。フーリンの手下な赤毛シスター。地味で控えめなのに派手に有能。このたび、心中させられることが決定した。


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