第3話 死んでくれる部下&会社ゲットRTA・中編


「えっ、えっ、本当に帰るの……!?」


「帰りますが?」



 何を驚いてるのだろうか?

 ともかく俺はさっさと撤退することにした。みなさんお騒がせしました~。あでゅー。



「あ、あんなにやる気いっぱいにギルドを訪れたのに……! もしかしてわたし、色々罵ったりしちゃって、この子の夢を砕いた……?」


「あァ~っフーリンのお嬢がやらかした! だから疲れ溜めててもいいことないって言ってたのに! お嬢、最近は周囲ともよくケンカして……ッ!」


「う、うぅ」



 なにか勘違いしている様子の金髪ウシ天人・フーリンさんと、そのお付きっぽい赤毛のイヌ天人・クランさん(だっけ?)。いやいやいやいや。



「気にしないでくださいよ。フーリンさんの言ってたことは、全部正論でしたので」


「え?」



 そう。彼女は何も間違ったことは言ってなかったよ。的を得た発言をされて、傷付くわけがないだろう。



「俺は、あやうく前世と……いえ、前と同じ間違いをするところでした。この世界で男がザコなのは事実です。なのに俺は、自分の能力を弁えず、やる気だけがから回っていた」



 あぶなかったよ。前世の記憶を取り戻すまでは、自己の弱さを認識しないまま、武力で成り上がって立場を変えるとか宣っていた。

 それでみんなを支えるとか、なんて阿呆な。



「『馬鹿は死んでも治らない』、とはよく言ったものですね……。引き留めていただいたフーリンさんには、感謝の念しかありませんよ」


「なっ、お礼なんて。……わたし、ただ苛立って突っかかってただけなのに。もしかして、本当は傷付いてるけど、わたしのことを気遣ってくれてる……?」



 んんん? 気遣い???



「え、いや別にそんなことは……」

 

「ありがとう、わかってるよ」



 なにが!?



「……あなたは自分の傷より他人の痛みを気遣える、優しい子なんだね。おかげで少しだけ頭が冷えたよ」



 いや優しくないが!?



「でも、わたしが頑張らなくちゃいけないことには、変わりない。お金を稼いで、あなたのように優しいあの人を、必ず……!」



 なにやら決意を新たに去っていくフーリンさん。

 ……そんな彼女の背を、先ほどのマナナンとかいう女たちが、息も絶え絶えに睨んでいた。



「あのウシ女、容赦なくやりやがって……!」

「調子こいて、一人だけ男の子クンにアピールとか、マジうざいよ」

「親がアレなくせに……!」



 うわぁ~険悪。

 クランさんも『周囲と喧嘩ばかりで』とか言ってたっけ。職場関係は、本当に悪いのだろう。これじゃあ辛いな。

 まぁ俺になんとかできることじゃない。どうせ俺は無能だしな。

 


「ありがとうございました、フーリンさん。俺は俺なりのやり方で生きていくんで。それじゃ」



 こうして、俺はとっととギルドを後にしたのだった。


 ――さて、冒険者にならないならどうしようって話だ。


 田舎から飛び出してきたんだが、しばらく戻りたくないかもだ。まさに脱走したハムスターのごとく、厳重に監禁されちゃうかもだし。



「厳しい義姉さんがいるんだよなぁ、今生の俺……」



 彼女は俺を相当に嫌っているらしい。『あなたのような弟をいつまでも世間に晒しておくわけにはいかないわ』と言って、門限を少しでも過ぎると、鎖で一晩中縛ってきたりするし。



「帰ったら一生監禁されるかもな……。ひっそりとは暮らしたいが、それは勘弁だ」



 幸い、路銀自体はかなりある。例の厳しい義姉が『金の無心でもされたら、我が家の恥になる。だから先に渡しておくわ』と、ちょくちょくお小遣いをくれてたからな。

 だけど流石にずっと生活できるほどじゃないし……かといってバイトも危険か。この世界じゃ、ザコ男子は別の意味でコキ使われそうだし…………あ、そうだ。



「自分で露店でも開いてみるか~。商品は、前世の知識からなんかパクって」



 などと、俺はかるーく思い付いたのだった。


 売り物は食べ物にしようか。薄利多売の定番だな。木材などを複雑に加工するより、圧倒的に早く作れる。何より弁当屋だったから、大抵のものなら作り方がわかるしな。



「よーし。簡単に『マヨネーズ』でも作ってみますかぁ」



 卵、油、塩と酢を混ぜて作る調味料だ。

 この世界は色々発展途上だし、女性社会だからな。甘いものはあれこれ開発されているが、しょっぱいような『男好みの食べ物』はおざなりだ。ゆえにマヨネーズもまだないみたいだ。



「しょっぱいけど酸味とコクのあるマヨネーズは、女性たちにもそこそこウケるかもな。材料費も安いし」



 それをテキトーな肉の串焼きに塗って販売してみよう。

 まぁ俺は無能で計算力もなくて運も悪いからな。前世の人気食品売ったところで、小ヒットが関の山くらいだろう!

 だがそれでいいのだ。



「よーし、日銭を稼いでひっそりと生きるぞぉ~~!」 



 大それた目標は絶対に持たない。

 なにせ俺、目標が叶ったことは、一度もないからな!



「というわけで、目標めざせ! 分相応な地味生活!」




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【Tips】


アズ・ラエル:低能で『何の望みも叶わない男』。このたび、目標を『目立たない地味な生活』に定めた。


定めてしまった。


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