第15話 ミラナ村防衛戦②
再び咆哮が響いた。森の奥で蠢いていた赤い光点が、ぞろぞろと姿を現す。第二陣──まだこれだけの数を隠していたのか。
「来るぞ!」
ガランの叫びに、村人たちが再び槍を構え直す。俺とミリアも肩を並べ、剣と短剣を握りしめた。
◆
序盤はまだ余裕があった。
ミリアの迅雷が群れをかき乱し、翻弄されたゴブリンの隙を俺が突く。赤い弱点を狙った剣は爆散を呼び、次々と屍を築いていった。
「次っ!」
「任せろ!」
呼吸を合わせるごとに、敵の前列は削られていく。柵の上から放たれる矢と槍も援護となり、俺たちは何度も優勢を取り戻した。
だが──。
もう何匹のゴブリンを斬り伏せただろうか。記憶を遡っても数え切れるものではなかった。疲労は確実に積み重なり、体を蝕んでいく。
「はぁっ……くっ……!」
ミリアの迅雷が鈍る。金色の残光は以前ほど鋭くなく、軌跡が霞んで見える。俺の剣も狙いが甘くなり、弱点を突き損ねる場面が増えてきた。
「ッ……!」
剣を振るう腕が鈍り始めたその時だった。
「ぐああっ!」
背後、柵の内から悲鳴が響く。思わず振り返ると、村人の一人が肩口を押さえ、血に染まった槍を取り落としていた。暗がりから投げ込まれた手斧が、肉を抉って突き刺さっている。
「おい、大丈夫か!」
「しっかりしろ!」
仲間に支えられ、必死に後退する村人。だがその場の防衛は一気に手薄になった。柵の防衛線が乱れ、槍の列が一部で途切れる。
「押さえろ! 抜けさせるな!」
ガランが声を張り上げ、残った者たちを必死に叱咤する。村長も杖を手に柵際へ駆け寄り、弱った兵を後方へ下げつつ、必死に指揮を取っていた。
柵の内側、家の奥からは女や子どもたちのすすり泣きが漏れてくる。怯えた声が、戦場の喧騒の合間に刺さるように耳へ届いた。
胸を冷たいものが貫いた。
──このままでは防御が破られる。早く片をつけなければ……!
その時だった。森の闇を割って、ひときわ大きな影が現れる。ずしん、と地を揺らす足取り。血に濡れた棍棒を肩に担ぎ、黄色く濁った瞳をぎらつかせていた。
「グルァァァァァッ!!」
咆哮が、夜の空気を震わせる。それはただの群れではない。奴らを束ね、統率する支配者。
ゴブリンリーダー。
奴の咆哮に応じるように、群れが一斉に柵へ殺到した。棍棒や爪で木材を叩き、破ろうとする。防衛の手は足りず、村人たちの顔に焦りが広がる。
「……ついに出てきたか」
剣を握る手に、力がこもった。俺とミリアは自然と並び立つ。
――ここからが本番だ。
月明かりに照らされ、その巨体の全貌があらわとなる。背丈は三メートルをゆうに超える。普通のゴブリンなど子供のように見えるほどの圧迫感だ。
片手には血錆びた棍棒。背中には大剣と大斧を背負い、どちらも刃は欠け、もはや切れるかどうかも怪しい。
だが、その分だけ場数を踏んだ証。戦いの歴史を刻んだような装備が、逆に恐ろしい迫力を纏わせていた。
「グルァァァァァァッ!!」
鼓膜を揺らす咆哮に、ゴブリンたちが一斉に応じる。だがリーダーは、俺とミリアに迫ろうとした群れに短く吠え、手で柵を指した。
その合図だけで、群れは俺とミリアを素通りし、柵へと集中する。棍棒が木を叩き割り、爪が削り取る。防衛の槍列はすぐに押し負けそうになる。
「……ッ!」
喉が乾き、焦りで心臓が跳ねた。ゴブリンの群れと、この怪物を同時に相手取るのは不可能だ。
だが同時に、脳裏に閃いた。
――逆にチャンスだ。
リーダーさえ倒せば群れの統率は崩れる。士気を失い、敗走するはずだ。やるべきことは一つ。俺とミリアの力をすべて、この巨躯に叩き込む。
「ミリア、行くぞ……!」
「はいっ!」
俺たちは柵を背に、ゴブリンリーダーと対峙した。
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