第16話 ミラナ村防衛戦③

ゴブリンリーダーが一歩踏み出すたびに、大地が呻くように震えた。

巨躯が放つ威圧感に、喉がひりつき、握る剣の柄が汗で滑る。


「……ッ!」

俺は【看破】を発動する。視界に赤い光点が浮かんだ。

頭部、喉、左肩──確かに弱点はある。だが、届く気がしない。


「はああっ!」

ミリアが迅雷で駆ける。金色の残光が夜を裂き、巨躯へと迫った。

だがリーダーは、その速さを脅威と思っていないかのように動かない。棍棒を振り下ろすだけで、地面が砕けた。


「……くっ!それなら……!」

ミリアは高く跳躍し、頭部を狙って双剣を振り下ろす。

だがその刃は、咆哮と共に振るわれた左腕に阻まれる。空気を裂く衝撃で、彼女の体は大きく弾き飛ばされそうになる。


「まだ……っ!」


空中で双剣を逆手に持ち替え、振り払われる左手の力を利用してゴブリンの左手へと突き立てる。

刃が肉を裂き、鈍い手応えとともに骨に食い込んだ。


「グルァッ――!!」


耳を裂くような悲鳴が響く。

ミリアの体はゴブリンリーダーの左手に振られながらも、突き立てた双剣にしがみつき、離さない。

そのまま、ゴブリンリーダーの腕にぶら下がるような形で必死に耐える。


「う、ぅああああああっ!!」


筋肉が軋み、左腕がうねる。

吹き飛ばそうと腕を大きく振り払うたびに、ミリアの体が激しく揺さぶられる。

それでも、彼女は片刃を引き抜き、もう片方の剣で傷口を何度も抉った。


ザクッ、ザクッ、ザクッ――!


怒り狂う咆哮が夜気を震わせる。

黒い血が霧のように散り、ミリアの頬を濡らした。


「離れろっ、ミリア!」


俺の叫びが届くより早く、

ゴブリンリーダーの左腕が大きく振り払われた。


「……っ!!」


宙に投げ出され、彼女の体が地面に叩きつけられる。

砂と血が舞い、銀の髪が揺れた。


「ミリア!!」


息を荒げながら駆け寄る俺の視界に、赤い光が瞬く。

【看破】が示す、新たな光点。


――左手。


今までなかった部位が、弱点として追加されている。

ミリアの決死の攻撃によって耐久が削られ、初めて“致命を突ける”場所と判定されたのだろう。


俺は剣を強く握り直した。

「……ミリア、今度は俺がやる」


ゴブリンリーダーの棍棒が振り下ろされ、土が爆ぜ、衝撃波が胸を叩く。

まともに受ければ一撃で肉片になる――そう直感できる。


「ッくそ……!」

必死に身を翻し、なんとかかわす。だが振り抜かれた棍棒の余波だけで足がすくむ。


唯一現実的に狙える弱点は、さきほどミリアが穿った左手。

だがあの巨体に武器を握らせたままでは、近づくことすら叶わない。

なんとかして武器を放させなければならない。


「看破……!」

武器の破壊をもくろみ、棍棒を視界にとらえて赤い光点を探す。だが、武器には何も浮かばない。

棍棒も、大剣も、大斧も、まるで攻略法のない壁のように沈黙している。


「……やはり、無機物に看破は効かない……!」

息が荒くなる。喉が焼ける。

これまでの戦いはすべて【看破】と【弱点特効】の連携に頼ってきた。だが、それでは通じない。


胸にある考えが走る。

――なら、【構造理解】はどうか。


相手の体ではなく、相手の「武器」を読み解く。

考えている余裕はない。次の一撃で終わるかもしれない。

ゴブリンリーダーが棍棒を振り払ってくる。


「……試すしか、ない!」


ユウタの瞳が光を帯びる。

【構造理解】が発動し、棍棒の木目、ひび割れ、腐食した部分が鮮明に浮かび上がった。

そこに、自らの意思で【弱点特効】を叩き込む。


衝撃音。

「ガキィィンッ!」

次の瞬間、棍棒は内側から割れ、粉塵を撒き散らして崩れた。


「グルァッ!?」

リーダーの濁った瞳が驚愕に見開かれる。


だが終わりではない。

すぐさま背中の大斧を引き抜き、振り下ろしてくる。

ユウタは再び【構造理解】を発動。刃と柄の接合部が赤黒く歪んで見えた。


「そこだッ!」

渾身の突きが走り、斧の根元が砕け散る。


続けざまに、大剣が唸りを上げて振り抜かれる。

今度は刃の中央に走った亀裂が光って見えた。

「砕けろォッ!」

斬撃がその一点を穿ち、大剣は甲高い悲鳴をあげて折れ落ちた。


「グオォォォォォォッ!!」

天地を裂くような怒号が夜を震わせる。

失われた武器への怒りと屈辱が混ざり合い、巨体が狂った獣のように暴れ出す


ゴブリンリーダーは両の拳を振り回し、暴風のように周囲の木々をなぎ倒す。

その一撃一撃が、武器を振るった時以上の殺意と破壊力を帯びていた。


「……やべぇな」

唇が自然に乾き、背筋に冷たい汗が伝う。

武器を奪えたことで優位に立てると思った矢先、それ以上に凶暴な怪物が目の前にいる現実に、心臓が跳ねた。


だが同時に気づく。

──右手が鈍い。


棍棒や斧、大剣を立て続けに叩き壊されたことで、リーダーの右腕は衝撃を受け、痺れたように動きが鈍っている。

それを悟ったのか、奴は舌打ちのような唸り声を漏らし、素手で仕留めるべく地を蹴った。


「グルァァァァッ!!」

巨体が突進し、振りかぶったのは左腕。


――そうだ、そのまま来い……!!


迫る拳に向け、全身を賭けて踏み込む。

だが次の瞬間、凄まじい衝撃が胸を叩き、肺から空気が押し出され、ゴブリンリーダーの左拳によって吹き飛ばされる。

「ぐっ……あああッ!!」

視界が回転し、土と血の匂いが鼻を突く。体は地面に叩きつけられ、立ち上がろうとしても腕が震えて言うことをきかない。


「かはっ……くぅ……!!」


霞む視界の中で、巨体の左手に目を凝らした。

そこには俺のロングソードが、深々と突き立っていた。


「……ふ、は……」

血の味が口に広がる。だが、口元が自然と歪んだ。

唇の端が吊り上がり、にやりと笑う。


「……かかったなクソが……」


【弱点特効】が脈打ち、拳全体を灼き尽くすように侵食していく。


「爆ぜ散れェッ!!」


閃光。

次の瞬間、リーダーの左手は内側から炸裂した。

だが、それで終わりではない。


「グ、グルァァァァァ……ッ!?」


爆裂は手首から肘へ、肩へ、そして胸部へと伝播する。

赤黒い光が全身を走り抜け、リーダーの肉体そのものが膨張し――


ドンッ!!


咆哮は絶叫へ変わり、巨体は内側から破裂した。

血肉と骨片が夜空に弾け飛び、地響きと共に大地を揺るがす。

あれほどの威圧を放っていた怪物が、見る影もなく崩れ落ちたのだ。


しん……と静寂が訪れる。

柵の上の村人も、ゴブリンたちも、誰も動かず、その光景に呆然と目を見開いていた。


俺は血に濡れた拳を振り上げ、肺の底から声を絞り出した。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


怒号のような雄叫びが夜空を震わせる。


「ギィィィィッ!?」

「グルァッ……!!」


リーダーを失ったゴブリンたちが、一斉に後退を始めた。

統率をなくした群れは混乱し、互いに押し合いながら森の闇へ逃げ込んでいく。


数瞬の沈黙の後、ミラナ村に歓喜の声が広がった。


「やったぞォォォッ!!」

「勝った……勝ったんだッ!!」


村人たちの叫びと涙が夜を震わせ、胸の奥を熱く焦がした。


拳を下ろし、大きく息を吐く。

視線の先で、ミリアが膝をついて荒い呼吸を繰り返していた。


「ミリア……」

駆け寄ると、彼女は汗に濡れた顔を上げて、かすかに笑った。


「ユウタさん……よかった。倒せましたね」

「お前こそ大丈夫か。無茶しすぎだ」

「少し……疲れただけです。すぐに動けます」


そう言って立ち上がろうとするが、足取りはまだおぼつかない。

俺はためらわず、肩を貸した。


「今はいい。立派に戦ったんだ。後は休め」

「……はい」


小さく頷く彼女の声を聞きながら、夜空を仰ぐ。

血と煙の匂いに混じって、村人たちの歓喜が響いていた。


――ミラナ村は守り抜いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る