第3話 迅雷の少女

「ユウタさん、下がってて!」


銀髪金眼の小柄な少女は俺の前に躍り出て、ショートソードを構えた。

相手はたった一体のゴブリン。それでも、俺にとっては死を予感させる存在だった。


少女は、足元を蹴った瞬間に一気に加速した。

残像が走り抜け、ゴブリンの前に立ったかと思えば、次の瞬間には横へと滑り込んでいる。


「【迅雷】ッ!」


叫びとともに踏み込み、剣が閃く。

その速さに、思わず息を呑んだ。

目で追おうとしても遅れ、気づけば姿が一瞬消えたかのように感じる。

常識ではありえない速度。人間がここまで動けるのかと、背筋が震えた。


彼女が駆け抜けた軌跡に、バチバチと小さな稲光が残る。

まるで空気そのものが裂け、静電気を孕んだ余韻が漂っているかのようだった。


ゴブリンは翻弄され、棍棒を振り回すが空を切るばかり。

少女の姿は電撃の残滓の中を行き交い、掠っただけでも皮膚を焼くように見えた。


だが、その斬撃は浅い。

いくら速さで翻弄しても、致命傷には至らない。


ゴブリンは呻きながらも反撃を繰り出し、棍棒を振り回す。

少女は紙一重で避け続けるが、決定打が出せない。


棍棒が地面を叩き割り、土が跳ねる。

その勢いに少女が一瞬体勢を崩した。


「……っ!」

このままでは危ない。咄嗟に俺は【看破】を発動していた。


視界に浮かぶ赤い点──頭部と左胸。


「左胸だ! 左胸突け!」


少女は頷き、再び踏み込む。

迅雷の速さで左胸を突き、ゴブリンが悲鳴を上げてよろめいた。


「やった!」


少女が歓声を上げる。だが次の瞬間、倒れたと思ったゴブリンが棍棒を振り上げた。

──まだ、生きている!


「危ないッ!」


俺の体が勝手に動いた。

赤く点滅する左胸へ、ボロ剣を突き立てる。


【弱点特効が発動しました】


無機質な声と同時に、刃が触れた感覚が一変した。

柔らかな肉を貫いたはずなのに、まるで内部から爆薬を仕込まれたかのように、ゴブリンの体が内側から破裂する。


「──ッ!?」


轟音と共に血肉が四散し、骨の欠片が木々に突き刺さった。

刃が触れた箇所を中心に、まるで“壊れるべき場所を正しく壊した結果”のように、体が瞬時に解体されていく。

爆ぜた肉片が俺の頬を叩き、温かい血が視界を覆った。


あまりの光景に息を呑む。

普通の斬撃ではありえない。力任せの破壊でもない。

──これは弱点を突いたというだけで、理不尽なまでの「絶対的な死」を与える力だ。


剣を握る手が震える。

生き残った安堵よりも、目の前で起きた“想像を超える死”に、恐怖が勝っていた。



爆散したゴブリンの残骸から漂う血の匂いに、胃の奥がむかつく。

手にした剣はまだ震えていて、握っている感覚さえ曖昧だった。


「……すごいです、ユウタさん」


銀髪の少女が俺の前に立ち、真剣な眼差しを向けてきた。

小柄な体でゴブリンを翻弄し、俺を救った存在。だがその口から自然に出た名前に、思わず息を呑む。


「……どうして俺の名前を知ってる?」


問いかけると、少女は少し視線を落とし、苦笑を浮かべた。


「王都での召喚──あれは街全体の大イベントでしたから。

 噂も広まっていましたし、私も人だかりの中で見ていたんです。

 ユウタ・タカシナという異世界の勇者が現れたって」


胸がざわめいた。

ならば当然、俺が「外れ」と烙印を押され、追放される瞬間も──。


「……あの場面も、見ていたんだな」

「……はい」


短く答えた彼女の声は、ほんの少し震えていた。

同情か、憐れみか。それとも別の感情か。


だが次の瞬間、少女はまっすぐ俺を見上げて笑った。


「私はミリア・エレクトっていいます!冒険者になったばかりで、まだ何もできません。

 でも……足と跳躍だけは、人より少し速いと思います!」


そう言って胸を張る彼女は、年相応の少女の顔をしていた。

戦場で鋭く光っていた瞳が、今は金色の陽だまりのように柔らかい。


「……俺は、ユウタでいい。とんだハズレ勇者だ……」


自嘲混じりにそう名乗ると、ミリアは小首を傾げ、くすりと笑った。


「いいじゃないですか。ハズレだって。

 ……私、一人じゃさっきのゴブリンに勝てませんでした。

 ユウタさんがいてくれたから、勝てたんです」


──ハズレだと笑われたスキル。

だが、彼女の力と重なったとき、確かに勝利を掴めた。


「いや、君が駆けつけてくれて、先に弱点を突いてくれたから勝てたんだ……助かった。ありがとう」

「いえ、こちらこそ」


薄暗い森の中、俺たちは初めて互いの名を口にした。

それは、孤独だった俺にとって初めての繋がりだった。

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