第2話 追放
追放の言葉とともに背中を押され、俺は王城から放り出された。
渡されたのは、刃こぼれしたロングソードと粗末な布袋に入った干し肉と水だけ。
勇者どころか、囚人に与える装備のほうがまだマシなんじゃないか。
どれほど歩いたのか分からない。気づけば森に迷い込んでいた。
日は落ちかけ、木々の隙間から差し込む光は橙色に染まっている。
風に揺れる枝葉の音さえ、どこか不気味に聞こえた。
歩き続けるうちに、喉は渇き、足は重くなる。
それでも立ち止まれば、背後から「追放者」を狙う獣が来る気がしてならなかった。
──ガサリ、と茂みが揺れた。
慌ててロングソードを抜く。だが手が震え、刃先は狙いも定まらない。
「……来いよ」
声は空回りし、乾いた喉から掠れた音が漏れる。
次の瞬間、視界の端に半透明の文字が浮かんだ。
──スキル【看破】を発動しますか?
……これで戦えるのか? いや、やるしかない。
恐る恐る「はい」と意識すると、視界がわずかに歪み、茂みの奥の気配に重なるように文字が走った。
【ゴブリン】
小型の亜人。知能は低く、群れる習性を持つ。
弱点:頭部、左胸。
……見える。
茂みの奥、黒い影にすぎなかったものが輪郭を得て、赤く脈打つ点が二つ浮かび上がる。
同時に脳裏に刻まれる言葉──【弱点:頭部、左胸】。
だが、分かったところで体は動かない。
恐怖で足が硬直し、呼吸が乱れ、剣を構えたまま一歩も踏み出せなかった。
汗が額を流れ落ち、心臓が早鐘を打つ。
「……ッ!」
耐えきれず、俺は剣を握りしめたまま後退した。
情けない。弱点を知っても、恐怖に縛られたまま逃げることしかできなかった。
木々の間を必死に駆け抜け、転び、泥だらけになりながら、ただ生き延びるために走った。
夜の森はあまりに暗く、孤独で、心細かった。
──看破は、役に立たない。
今の俺には、それを活かす力がない。
そう思ったとき、ふと頭をよぎった。
「弱点を見抜けるのなら、誰かと組めば……」
けれど、俺にはもう仲間も国もない。
世界に放り出された追放者にすぎない。
◆
どれほど走っただろうか。
肺は焼けるように痛み、足はもう棒のように動かない。
だが、後ろから追ってくる気配は消えない。
振り返ると、ゴブリンが未だにこちらを追っていた。
小柄な体に粗末な棍棒や錆びた短剣を握りしめ、牙を剥きながら涎を垂らしている。
──弱点は、分かる。
【看破】で見たとおり、頭、左胸。赤い点は鮮明に浮かび上がっている。
だが、狙う前に恐怖が先に来る。
振り払った剣は空を切り、逆に隙を晒した。
ゴブリンの棍棒が肩をかすめ、鈍い痛みが走る。
呻き声と共に後退する俺に、ゴブリンたちは一層楽しげに迫ってくる。
絶望が胸を締めつける。
──俺は、本当に勇者なのか?
召喚された意味はあったのか?
何の力もなく、こんなところで死ぬのか。
「ッ……あ……」
背中が木にぶつかり、逃げ場を失った。
目の前でゴブリンが短剣を振りかざす。
その瞬間──
「そこだッ!」
風を裂くような声とともに、稲妻のような閃光が走った。
ゴブリンが悲鳴を上げ、吹き飛ぶ。
視界に飛び込んできたのは、小柄な少女。
銀色の髪が宵闇に輝き、金色の瞳が鋭く光っている。
手にはショートソードと短刀。軽やかな鎧姿で、俺の前に立ちはだかった。
「大丈夫ですか、ユウタさん!」
知らないはずの俺の名前を呼ぶその少女──
後に“迅雷のミリア”と呼ばれる彼女との出会いが、この時だった。
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