第4話 休息
互いの名を告げ、自己紹介を済ませたあと、森の中に沈黙が流れた。けれど、それは重苦しいものではなく、不思議と安心を運んでくる。
ミリアは短いマントを整えながら、少し考え込むように視線を落とした。
「このまま王都には戻れませんよね。……なら、一番近い街へ行きましょう。森を抜けて街道に出れば、二日で着きます」
「二日か……」
自嘲が混じる。追放者にとっては長い旅路だ。だが彼女は柔らかな笑みを浮かべて首を振った。
「大丈夫です。一緒なら」
そう言われると、返す言葉が見つからなかった。
◆
森を歩く途中、茂みが揺れ、小型の獣が飛び出した。灰色の毛並み、牙を剥き出しにして突っ込んでくる。狼に似ているが、一回り小さく、動きが俊敏だ。
反射的に【看破】を発動する。視界の端に赤い光点が浮かび――。
「頭と……後脚?」
思わず眉をひそめる。弱点に浮かんだのは頭部と左の後脚。致命傷とは思えない場所だ。
獣は一直線に飛びかかってくる。俺はとっさに横へ身をかわし、剣を振るう。狙ったのは赤く染まった左後脚。
刃が触れた瞬間、骨が粉砕され、支えを失った体が崩れ落ちる。
【弱点特効が発動しました】
次の瞬間、砕けた一点から連鎖するように全身の骨格が音を立てて壊れ、血肉が内側から弾け飛んだ。
鮮血が飛び散り、残ったのは原形をとどめない残骸。剥ぎ取れるものは何もない。
「……また、無駄にした」
思わず零れた言葉は、後味の悪さそのものだった。
弱点を突けば突くほど、確実に倒せる。だが同時に、冒険者にとって重要な戦利品はすべて消し飛んでしまう。
力の理不尽さと無益さが、同時に胸に重くのしかかる。
ミリアは一瞬目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「脚から倒れるなんて……不思議。でも、命を守れたことの方が大事です。ユウタさんの力は、それだけ強いってことなんです」
その声には確かな実感があった。慰めではなく、目の前で結果を見た者の言葉。
不思議と肩の力が抜け、胸に沈んでいたものが少し和らいだ。
◆
やがて森の影が濃くなり、空は群青に沈んでいった。木々の間から差し込む光も薄れ、辺りは夜の気配に包まれていく。
「今日はここまでにしましょう。街道はもう少し先ですけど……今から進むのは危ないです」
振り返ったミリアがにこりと笑った。銀髪が淡い夕闇に溶け、金色の瞳が柔らかく光る。
俺はその笑顔に返す言葉を探せず、ただ小さく息を吐いた。
「……あぁ」
そうして足を止め、焚き火を起こす。乾いた枝がぱちりと弾け、オレンジの光が闇を押し返す。
「私、山のふもとの村で育ったんです。最近は魔物が増えて……村のみんなが怯えてて」
火を見つめながら、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「だから冒険者になりました。強くなって、村を守れるように」
金色の瞳が、火に映えて真剣さを帯びる。普段はほわっとした雰囲気の彼女が、この時だけは凛とした顔を見せた。
「私のスキルは、【迅雷】と【跳躍】。速く動けて、高く跳べる……それだけです。村の子たちには“うさぎみたい”って笑われてました」
ミリアは膝の上で拳を握り、続けた。
「威力があるわけじゃないし、一撃で仕留められるほどじゃない。でも――」
火に照らされる横顔が少し強張る。
「ユウタさんと力を合わせれば、ちゃんと戦えるかもしれないって、今日思いました」
「買いかぶりすぎだ……」
思わず口をついた言葉は、自分でも情けなく響いた。
けれどミリアは否定しない。ただ微笑んで、静かに首を振った。
「私は今日、ユウタさんに助けられました。……それだけで、十分です」
焚き火の音だけが夜に溶ける。胸の奥に、わずかな温もりが残った。
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