第22話 やっと来た
一時間が過ぎた。思ったより廊下を通った人が少ない。
もっとも廊下の遠くから私達に気が付いた人達は、結構、迂回しているみたい。
支援室の扉が少し開いて、アンが私に替わりましょうかとささやく。
私は、大丈夫といって扉を閉めた。
シーラはぽつりと呟いた。
「てっきり、誰かを仕込んであるのかと思ってました」
「そうすれば良かったと思ってるわ」
あまりにも暇なので、私は他の拗らせ侍女の資料に目を通していた。
二時間が過ぎた。それなりに人は通るけど、男性は妻帯者ばかり。
ロックが土産の品を買ってやっと帰ってきた。
「何をやってるんですか、室長」
「貴方こそ、どこまで買いに言ってるのよ!」
トイレ休憩、公正を期すために二人で・・・
「ここ、音が出る仕組みないのね…」
三時間が過ぎた。現状に変化無し。
アンが、紅茶と焼き菓子を差し入れてくれた。
廊下で、こんなおやつの時間は事初めて、もう二度とやりたくない。
そんな事を思って、焼き菓子を摘まんで口に入れた。
ふと気が付くと10歳くらいの男の子が小走りに私の前まで来ていた。
(どうしてこんな所に?)
男の子が走ってきた廊下を見たけど誰もいない。
「可愛い子ね、坊やママは?」
シーラはやさしい声で、男の子に話しかける。
ただし男の子は彼女を見ていない。もちろん私も。
彼は小さな銀のティートロリーに載った、焼き菓子をずっと見ていた。
どうやらこの焼き菓子の匂いにつられてきたらしい、しかしどこから?
「どうぞ、食べていいわよ」
私が一つ摘まんで男の子に差し出す。私より小さい手でそれを摘まんで口に入れた。
「あ、ありがとう」
空いた片手で、皿の上の残った焼き菓子を握ると男の子は来た方に走りはじめた。
その先に、母親らしい侍女が男の子を待っていた。遠目にも侍女は恐縮している。
侍女は男の子を連れてこちらに近づいてこようとしたので、手で追い払う。
「今の子供、男の子ですよね」
シーラは私に話しかけた。見た目男の子にしか見えなかったけど…
「なぜ、推薦してくれなかったのです?」
その言葉に私は驚いて彼女の顔を見た。
「王女、いえ室長は、私に未婚の男性を推薦するルールではなかったですか?」
「だって、どう見ても…」
私は声が詰まらせたけど、彼女の表情にある事を思い出した。
「あなた、ショタか、確かに可愛い男の子だったけど…」
シーラは、私の言葉を聞いて、私の方を向いて座り直した。
「あの年頃の男の子って、まだ世界を知らないでしょう?でも、何かを守ろうとする気持ちはもう芽生えてるんです」
私は椅子に深く腰掛けた。語る気だわ、この人。
「その不器用さと、まっすぐさが、時々、大人よりもずっと強くて…」
「それで?」
「それでって?胸が…、胸がときめきませんか?抱きしめたいと思いませんか?自分の好みに育ててみたいと思いませんか?」
「…」
熱弁した彼女を見て、彼女も十分拗らせている事が分かった。
しかし、…
「だめよ、だって、あの男の子の母親、多分、貴女より年下よ」
四時間が過ぎようとしていた。城内の廊下は、わずかな窓から入る陽の光は真昼の輝きは失われ…、やめた、今はもう夕方で、もうすぐ終業の時間なのよ。
「どうします?もうすぐ終業の時間ですよ」
シーラは私に尋ねた。確かにそうね、あの男の子の母親が気を利かせてひざ掛けを持ってきてくれなかったら、この時間まで座っていられなかったと思う。
「誰にも相手にされなかったという事で、修道院行き、というのはどう?」
「急にそんなルールを作らないでください!」
「でもね、私とアンは、ちょっと出かけなのよ」
「それって、ちょっと無責任じゃないですか!」
「失礼ね、私の救いを求めている貴女だけじゃないのよ」
私は、拗らせ侍女の資料を手にとってひらひらさせてみせた。
「とにかく、このままじゃまずいでしょ!」
シーラが私の方に身体を向けて抗議する。
その背中ごしに、廊下を走る音が聞こえてきた。その音はだんだん大きくなっていく。
やっと来たかな…
私は身体を屈めてシーラの身体の横からそいつを見た。
「遅くなって申し訳ありません。明日のコンポ市への馬車のスケジュールができました、出発の時間は、8時です」
そう言った騎士団服の男性、髪は短く刈り込まれ、顎には剃り残しの髭。顔つきは彫りが深く、眉が太い…、思った通りダリウスだった。
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