第3話 歩みを喰らう者

 先頭を歩いている村長は村から出て森の中へと歩みを進める。シドラスがザンツェ村に来るときに一度迷った森だ。


「呪いだの何だの言ってたが、嘘じゃないんだろうな」

「俺は患者にだけは嘘はつかねぇよ。原因が分からねぇ時は分からねぇって言うし、余命宣告に躊躇も同情もしねぇ。それが俺だ」


 それはそれで中々に問題のある発言だが、シドラスは少しも言葉を選ぶつもりは無いと言い放つ。


「……俺は昔、冒険者だった。仲間の1人が、病気にかかって死んだ。薬師から渡された薬が偽物だったからだ。金貨30枚。それだけの大金を払ったのに、渡されたのは偽物。それを知った時の俺の気持ちが、お前に分かるか?」


 村長は息をすることさえ苦しいような声で語り始める。


「その薬師の名前は?」

「ベンゼンとかいう野郎だ」

「知らねぇ名前だな」


 シドラスは薬師ギルドに所属している薬師の名前をある程度覚えている。それなのに全く知らないということは、異端の薬師か詐欺師の類だろう。

 あるいは…。ふと脳裏に別の考えが浮かんだが、それは有り得ないだろうと首を軽く横に振った。


「名前なんかどうでもいい。お前たち薬師がいい加減な商売をするから、被害者が出てるんだ。どうしてくれるんだ。アイツの……リヒトの命は返って来ないんだぞ!」


 村長は立ち止まり、近くの木に拳を叩きつけた。揺れた木の葉がはらはらと落ちる。


「はぁ?知るかよ。悪いのは俺でも薬師でもなくて、そのベンゼンって奴だろ。八つ当たりすんな」

「なっ、お前、人の心がないのか!?」

「あるからこうしてテメェに案内させてんだろ。さっさと歩け」


 シドラスは手を振って案内を催促する。村長は思い切り眉を顰めたが、再び歩き出した。


「……結局お前も、騙された俺たちが悪いと思ってるんだろ。ああ、そうさ。無知だった俺たちが愚かだったんだ…」

「情緒どうなってんだよ…。言っただろ、悪いのはベンゼンって奴だ。騙される方が悪い?馬鹿なこと抜かすな、騙す方が悪いに決まってる。無知を理由に悪意を正当化してんじゃねぇよ」


 シドラスの裏表のない言葉に、村長は思わず両手を固く握りしめた。

 もしあの時に出会ったのが、この口の悪い薬師だったら……リヒトは死ななくて済んだのだろうかと、取り戻せない後悔が滲む。けれど少しだけ、過去の自分が救われたような気がした。


「お前なら、アイツの病気を治せたのか…?」

「知らん。目の前にいねぇ患者の診断なんか出来るかよ」


 キッパリと言い切ったシドラスに、村長は思い出していた。あの時のベンゼンは、ベッドに寝ていたリヒトを軽く見ただけで病名を告げて、薬を処方した。質問も触診もせず、薬を渡してきた。見ただけで病気が分かるなんて凄腕の薬師だと思ったが…。

 質問をして、実際に患者に触れて、解決のために奔走してくれるような、そんな人物こそが、本物なのだろう。


「……もう少しでつくぞ」

「ああ。ところで、どういった曰くつきだ?」

「この話は村長のみに伝えられる。だから、他言無用で頼む」


 そう言って、村長はこの村の伝承について語り始めた。

 

 むかし、村の外れに人の足だけを喰らう悪魔が現れた。

 それは醜悪な形をしており、頭も腹も目もいらぬ。ただ、足だけが欲しいと喚いた。

 村は恐れ、毎年ひとりの足を切り落として祠に捧げることで、悪魔の機嫌をとっていた。

 やがて一人の旅の聖女が現れ、悪魔を祠に封じ、村に魔よけの結界を張った。

 村人は涙して感謝し、祠の封印は決して破らないと誓った。その日から、村には魔物が現れなくなった。


「実際、村は魔物の被害が少ない」

「なるほど。柵があまりないのはその所為か」


 そしてザンツェ村の由来は、斬足が徐々に変化していった故の名残。


「だがこの伝承は百年も昔のことだ。どうしてそれが今更、セシリアと関係しているんだ」

「さあな。憶測はいくらでも立てられるが、実際に見ないことには何とも言えねぇな」


 それからさらに十五分ほど歩いたところで、森の中に幾重にも縄が張られた場所へと辿り着いた。縄には竹筒が等間隔で吊り下げられており、触れるとカランという音が鳴る。

 奥へ進んで行くと湖があり、その中心にある浮島に蔦と苔に覆われた石の祠があるのが見えた。


「……まずいな」

「何がまずいんだ?まさか、封印が解かれてるのか…!?」

「いや…」


 シドラスは軽く首を横に振り、真剣な顔で言い放った。


「泳げねぇんだ、俺」


 その場の空気が一瞬凍った。村長とロアの白けた視線がシドラスに向けられる。


「オイ、なんだその目は。泳げねぇモンは仕方ねぇだろ!?」

「……小舟がある」

「あんのかよ。先に言えよ」


 村長はイラッとしつつも岸に停めてある小舟の布を取り、木の杭から縄を外す。

 シドラスは軽い身のこなしで小舟に飛び乗り、先頭に座った。ロアもまた舟に乗り込む。手伝う様子が一切ないシドラスに村長は何とも言えない顔をしつつも、櫂で舟を漕ぐ。

 小舟はゆっくりと岸から離れ、徐々に祠がある浮島へと向かう。


「……ん?薬師、何か様子が…」


 いつも見回りに来る時と少し様子がおかしいことに村長が気付く。もう少しで浮島に到着する直前、湖の下から木の根が生き物のように蠢き、櫂と舟に巻き付いた。


「ロア!」

「グルルッ」


 すでに臨戦態勢に入っていたロアが風魔法を発動させて木の根を切り裂く。しかしあまりにも数が多く、全てを対処するのは難しそうだ。

 ロアは木の根を倒すことを止め、シドラスと村長を風魔法を使って浮島に飛ばした。自身も空中に結界魔法を使って足場を作り出し、避難する。その直後、舟が鋭い木の根に貫かれて完全に木端微塵になった。多くの破片が湖の底に沈んでいく。


「間一髪、だったな…」


 村長がそう呟いて隣を見る。が、そこにシドラスはいなかった。どこに行ったのかと周囲を見渡せば、シドラスはすでに祠の中を覗き込んでいた。


「封印が綻び始めてんな」

「やはり、そうなのか…」


 祠の中には当時の聖女の杖らしきものが残されているが、所々が腐敗して原型を保てなくなっている。媒体となるはずの魔石部分はすでに地面に転がっていて、まだ封印が継続していること自体が奇跡みたいな状態だ。


「杖と祠で二重封印してんのか。だが祠の方も時間の問題だな」

「どうするんだ?」

「んなモン、悪魔を倒すか再封印の二択しかねぇだろ。ロア、倒せそうか?」


 結界を足場に浮島に到着したロアは、祠に近づいて匂いを嗅ぐ。すぐに頭を上げて頷いた。


「よし。じゃあ悪魔討伐の開始だ」

「い、いや、待て待て待て!当時の聖女でも倒せなかった悪魔だぞ!?」

「ロアが倒せるって言ってんだから大丈夫だ。封印で弱体化もしてんだろ」

「だが…!」

「それより、これ持て。奴さんが出て来たら投げつけろ」


 渋る村長にシドラスは魔法鞄から取り出した瓶もいくつか持たせる。


「これは?」

「聖水」


 シドラスは祠の周囲に1本あたり金貨1枚もする聖水を振り撒いた。シュウウという音と共に地面から黒いモヤが立ち昇り、湖全体が軽い地響きを起こす。


「おお。嫌がってる嫌がってる。わーはっはっは!」


 悪い表情で高い笑いするシドラスに、村長は「どっちが悪魔だ…?」と小さく呟いた。


「さぁて。始めんぞ」


 シドラスは聖水が入っていた空瓶を魔法鞄に入れると、今にも崩れ落ちそうな祠を蹴り壊した。村長が止める隙すらない流れるような動きで。


「おま、き、貴様ッ!?なんてことをしてくれたんだ!?」

「倒すっつってんだから祠なんて不要だろ」

「そういうことじゃない!聖女様が建てた祠を足蹴にするな!」


 詰め寄る村長に対し、シドラスは小指で耳を掻きながら右から左に訴えを無視した。

 祠が完全に壊れたことで周囲の木々が揺らめき、吊り下げられていた竹筒がカラリコロリと音を鳴らす。湖が沸騰し、あっという間に赤黒く染まっていく。


『我の封印を解いたのは貴様らか…』


 聖女の杖が粉々に弾け飛び、黒い霧が集まって形を成していく。

 百年前に封印された悪魔──歩みを喰らう者・アズグラエルがその姿を顕現させた。


【あとがき】

読んで頂きありがとうございます。

更新は毎週土曜日の朝7時です。

ビタミンA,B,Cの違いがわかりません。

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