第2話 問診を始めます

 アグリに案内された部屋に入ると、そこには長い黒髪の女性がベッドに横になっている。頬は瘦せこけ、手首も骨と皮で不健康そうだ。青白い肌が彼女が病人であることを言外に示している。

 誰かが部屋に来たことに気付いたのか、うっすらと目を開けて上体を起こそうとした。


「母さん!寝てないと駄目だよ!」


 アグリが母の肩を掴み、ゆっくりとその体をベッドに戻した。


「あら、でも、お客様でしょう?」

「薬師ギルドから来たシドラスだ。いくつか質問するから答えてくれ」


 シドラスは魔法鞄マジック・バッグから木の板と木炭鉛筆を取り出し、ベッドに腰掛けて足を組んだ。


「まず名前と年齢」

「セシリアです。年齢は38です」

「一番気になってる症状は?」

「全身が痺れているような感覚で……特に足が動かせないです」

「いつからだ?痛みは?」

「先月くらいから、でしょうか。痛みはありません」


 シドラスは木の板の問診版にセシリアの症状を記載していく。無痛、全身の痺れ、足の麻痺。


「思い当たる節は?」

「いえ、特には…」

「熱は?吐き気とか、他に気になることは?」

「ありません。最初は立ち眩み程度だったんですけど、段々歩けなくなって…」

「動かなくなったのは足が最初か?」

「はい」

「いま飲んでる薬はあるか?」

「それならここに。朝と夜に母さんが飲んでます」


 薬について聞くと、アグリがベッド脇の棚から小さい袋を取り出してシドラスに手渡した。シドラスは紐を解いて緑と茶色が混ざったような丸薬を1つ手に取る。


「見る限りでは発熱を抑える薬草が混じってるが……成分を詳しく調べるから、この薬は貰ってくぞ。あとで返す」


 シドラスは魔法鞄に薬袋を放り投げるように入れた後、再び木炭の鉛筆を手にする。


「食欲と睡眠に問題は?」

「食欲は……そうですね、あまり……。睡眠は問題ないと思います」

「え?母さん、何言ってるの?寝てる時、よく魘されてるじゃないか」


 アグリが横から口を出すと、セシリアは「そうなの?」と首を傾げた。自覚が無い様子だった。シドラスは何か考えるように顎に指をあてたが、質問を続けた。


「……家族で同じような症状が出た奴はいるか?」

「いません」

「妊娠中か?」


 質問すると、セシリアは口元に手を当てて顔をほのかに赤くした。アグリも手を後ろに回して気まずそうに視線をうろうろさせた。


「そ、それも答えないといけないんですか…?」

「薬の中には副作用が強いやつもある。下手すると流産の危険性もあるからな」

「そう、なんですね…。あ、いえ、妊娠はしていません」

「わかった。問診は以上だ。次は触診する。足に触るぞ」


 彼は遠慮なしにシーツを剥ぎ取ってセシリアの足に触れる。足の裏をやや強めに親指で押した。


「触れられてる感覚や痛みは?足の関節は自分で動かせるか?」

「……ありません。膝を曲げるくらいなら出来ますが…」


 セシリアは膝を軽く曲げて見せるが、足首や指の関節などは全く動かせないようだった。

シドラスがそのまま彼女のふくらはぎに触れると、足首の近くの感覚はないが、膝周辺だと触れられている感覚があると答えた。

 ある程度の触診を終えたシドラスは乱雑にシーツをかけ直し、木の板と木炭鉛筆を魔法鞄に仕舞った。


「診断結果だが……」


 セシリアとアグリは佇まいを直してゴクリと生唾を飲んだ。


「呪いだ」

「の、呪い、ですか?」

「食欲に問題がなく、本人に自覚のない悪夢。痛みはなく熱もない。動かなくなったのは足から、となると高確率で呪いだ。この村の周辺に祠だの禁足地だの、伝承や呪いといった曰くつきの場所に心当たりは?」

「それなら俺が知ってる」


 部屋の入口から声が聞こえたので振り返ると、そこには体格のいい男性が立っていた。アグリが「父さん!」と声を出したので、どうやらこの人物こそが村長のようだ。


「ただいま、アグリ、セシリア。会合が長引いて悪かった。それで、そっちのアンタが薬師サマか?」

「薬師ギルドから来たシドラスだ。聞いてたなら話が早い。その場所に案内してくれ」


 村長はどこかトゲのある言い方であったが、シドラスはメンタルが鋼鉄よりも硬かったのでさらっと無視して要望を伝える。


「……良いだろう。だがその前に、話がある。来い」

「断わる。案内が先だ。俺はテメェの自分語りを聞きに来たわけじゃねぇ。そんなのは依頼外だ」

「なんだと…?」

「聞こえなかったのか?俺は依頼外のことはしねぇっつったんだよ。テメェの家族を治したい気持ちがあんならさっさと案内しろボケ」


 遠慮の「え」の字もない歯に衣着せぬ発言に村長は足音を鳴らしてシドラスに詰め寄り、その胸倉を掴んだ。アグリは止めようとしたが、父の迫力に動けないようだ。

 護衛役の黒い狼は床に寝転んだままシドラスを見上げている。


「ひとつ言っておく。俺は薬師などという胡散臭い奴を信用してない。依頼も息子が勝手に出したものだ」

「だから何だよ。テメェの事情を俺が汲む義務はねぇ。協力したいなら案内しろ。するつもりがねぇなら黙って引っ込んでろ。時間の無駄だ」


 お互いの視線が交じり合う。しばしの沈黙の後、村長はシドラスを突き飛ばすように手を離した。


「……ついて来い。案内してやる」

「最初からそうしろっつっただろ。ったく…」


 シドラスは服のシワを伸ばし、魔法鞄から手の平サイズの白い石を取り出すとアグリに投げ渡した。


「母親の様子がおかしくなったら、その石を握らせろ。いいな?」

「あ、は、はい!」

「ロア、行くぞ」


 シドラスは部屋から出て行く。その後を黒い狼……いや、ロアがついていった。


【あとがき】

読んで頂きありがとうございます。

更新は毎週土曜日の朝7時です。


最近LED電球を買いました。

眩しすぎて逆に違和感を覚えたので前世はミミズだったのかもしれません。

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