第4話 中吊り広告


(オープニング:黒背景に赤帯テロップ『緊急特番 電車内で相次ぐ失踪事件』)


キャスター

「こんばんは。本日は臨時特番をお伝えします。

 首都圏を中心に、通勤・通学の電車内で、乗客が突然姿を消すという不可解な事件が相次いでいます。失踪の直前、共通して確認されているのは――電車内の中吊り広告でした。


(映像:監視カメラ。電車内で女性が吊革につかまり、中吊り広告をじっと見つめる。数秒後、映像が乱れ、次の瞬間、女性だけが消えている)


キャスター

「こちらは実際の防犯カメラの映像です。女性が中吊り広告を見つめた数秒後、突然姿が消えています。同じケースが、ここ2週間で少なくとも14件報告されています。さらに不可解なのは、事件の後に現場を確認すると、問題の広告はすべて白紙の状態になっていたということです。」


(インタビュー映像①:大学生の友人を失った男性)


男性(19歳、仮名)

「電車で一緒に帰ってたんです。友達は、吊るされてるポスターをじっと見て……“あれ、知ってる顔だ”って笑ったんですよ。次の瞬間には、隣にいたはずの友達がいなかった。荷物も、スマホも、全部残したまま……。」


(インタビュー映像②:発狂して救助された女性の証言。)


女性(音声モザイク、仮名)

「ポスターにね、自分の顔が映ってたんです。でもなぜか見覚えのない、不気味な感じで、夢を見てるみたいでした。笑ってるんですけど、目だけ動いて……私を見てて……。怖くなって目を逸らそうとしたら、身体が動かなくなって……。“来い”って声が聞こえて……。

 気づいたら、駅員室で泣き叫んでました。」


キャスター

「行方不明者はいまだ一人も発見されていません。いったいこの広告は何なのでしょうか。」


**教授(心理学・視覚文化の研究者)

「今回の現象には“視覚的な誘引”が関与している可能性があります。証言に共通するのは“自分自身の顔を見た”という点。これは、通常の錯覚や幻覚では説明ができません。むしろ広告そのものが見る者を写し取り、それを直視することをキックとして、別の空間に引き込むような仕組みになっていると考えるべきでしょう。」


キャスター

「つまり、見てしまったら抗えない……ということですか?」


**教授

「はい。人間は本能的に自分の顔から目を逸らせない。それを逆手に取られているとすれば、極めて危険です。現時点でできる防止策は、ただ“見ないこと”。それに尽きます。」


(映像:鉄道会社の記者会見。報道陣のフラッシュ音)


鉄道会社広報担当

「当社の全車両に掲出されている中吊り広告について、当面の間、すべて撤去することを決定いたしました。広告はすでにすべて撤去済みです。万一、電車内で広告を発見された場合は、決して直視せずに、近くの乗務員までお知らせください。広告を直視する行為は大変危険ですので、ご乗車の皆さまには、くれぐれもご注意いただきたいと思います。」


キャスター

「電車という日常の空間に潜む、人を消し去る広告。次に消えるのは、あなたの隣にいる人かもしれません。」


(赤帯テロップ:『警告 電車内でポスターを見つめ続けないでください』)


キャスター

「次は、天気予報です⋯⋯。」

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