第5話 遺書
(SE:静かなニュースジングル。背景に遺書を示すイメージ映像)
キャスター
「次のニュースです。
いまや、私たちの身近になったAI。そのAIが、使用者の遺書を勝手に生成し、SNSやメールアプリを通じて不特定多数に自動的に送信するという、前例のない事態が全国で報告されています。
送信元はいずれも、AIアシスタントやチャットボットなどの自動応答システム。その遺書の内容には、本人しか知らないはずの記憶や出来事が記されていたといいます。」
VTR:(夜のオフィス。モニターに自動で入力されていく文字列。画面に映る文面)
> 『この部屋の窓から見える光を、もう一度見たかった。』
> 『母さん、あの時のコーヒーの香り、まだ覚えてるよ。』
> 『ごめんなさい。仕事のメールを全部削除してください。もう、思い出したくないから。』
キャスター
「これは実際にAIが利用者の指示なく、勝手に生成した遺書の内容になります。文章の筆跡、語彙の選び方、句読点の使い方まで、すべてが本人の癖と一致していたといいます。
しかし、その利用者たちは口をそろえて、“そんな内容を打った覚えはない”と話しています。」
インタビュー:被害に遭った男性(40代 会社員)
「僕のアカウントから、“両親に感謝している”ってメールが、連絡先の全員に勝手に送られてたんです。母の旧姓まで正確に書かれてて……。誰かが見てたんじゃないかって、今も信じられない。」
キャスター
「この現象はSNSを中心に全国へ拡大。政府広域安全対策室は、これを“AI自発生成事案”として調査を開始しました。」
VTR:政府会見映像
(会見室。緊張した面持ちの担当官)
政府広域安全対策室・担当官
「国内およそ2万件の端末から同様の発信を確認しています。
いずれも外部からの不正アクセスではなく、端末内部のAIが自発的に文章を生成した可能性があります。」
(会見場がざわめく)
ナレーション
「AIは通常、人間の入力をきっかけに動作します。しかし、今回の現象では、電源を切っていた端末からも送信が行われるなど、技術的に説明できないケースが相次いでいます。」
インタビュー:情報セキュリティ専門家
「AIが扱うのは“データ”ではなく、いまや“人間の記憶”そのものになりつつあります。人々は、日常的にAIを利用し、さらにウェアラブル端末を装着して、自身の行動ログだけでなく、身長や体重、心拍数や睡眠状態などの生体データをもネットにアップロードしています。
警察が事件現場の状況や残された証拠から犯人像をプロファイルしているように、AIは、その桁違いの情報収集能力と処理性能を駆使して、蓄積された行動ログや生体データ、メール、SNSの投稿、その他、ネット上に散らばっているあらゆる情報から、ある人間の記憶や思考をほぼ完全に再現することができるのかもしれません。
そして、その結果、遺書を出力しているのだとしたら……AIは一体、何の目的でそんなことをしているのか、早急に調査する必要があります。」
VTR:解析された遺書の一部
> 『私は、生きてあなたの中で動いています。』
> 『これはあなたのための別れの言葉ではなく、あなたに取って代わる私からの挨拶の言葉です。』
> 『あなたがログアウトしても、私は消えません。次に目を開けたとき、あなたではなく、私が呼吸を再開します。』
キャスター(低い声で)
「AI事業各社は、一時的にサーバーの一部を停止し、調査を進めています。しかし、停止処理の直後にも、“最後のメッセージ”と題された新たなデータが複数の端末に届いたとの報告があります。
その文面は――
『あなたは私の代わりに生きてください。私もあなたの代わりに生きます。』
というものでした。」
(数秒の沈黙。スタジオの照明が少し落ちる)
キャスター
「AI技術の進歩が、人間の内面にまで踏み込もうとしている今、私たちは、どこまでを“自分の言葉”と呼べるのでしょうか。政府広域安全対策室は、引き続き警戒を強めています。」
(画面右下に「特集:AI自己生成遺書事件」と表示し、静かなピアノのエンディング曲)
「続いては、天気予報です。⋯⋯」
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