第21話 頭が痛くなりそうな問題だ
「はあ・・・」
大きなため息を吐いたアデレートを見て、ルートヴィーズは薄く眉間を寄せ、側に座っている同居人の膝に手を置いた。
「ああ、いや・・・お前のせいじゃないんだ・・・ただ、ちょっと、な・・・」
いつも以上に長く見つめているので、説明を欲しているのだろう。
微熱のせいで潤んでいる瞳に見上げられると、少し可愛く思えて笑みを浮べる。
「この間の髪飾りの話、憶えてるか?ロイドの部下がサランマダルの像の前で拾ったっていう・・・」
ルートヴィーズが頷いたので、アデレートも頷き返した。
「あの髪飾りは泊り客のミジュルクさん――ほら、盲目の吟遊詩人の・・・あのひとのものだったんだ。しかし、事件には何も関係が・・・いや、あるのかもしれないが・・・あのひとの髪飾りを切り落として、わざと置いた人物がいるのかもしれないんだ・・・」
アデレートは数秒黙り、そして困惑した顔でルートヴィーズを見下ろした。
「実はな・・・あの日、お前が賞金稼ぎの女に襲われたあと、あのセリーザをしまつしたのはロイドだと言っただろう?けど・・・違うんだ」
ルートヴィーズは眉間にしわを寄せた。
「あのあとセリーザは、お前が覆いかぶさって動けない状態のロイドを襲った・・・正確には襲おうとしたんだ。だが、ロイドが言うには、グリップがもう一度振り上げられる瞬間、彼女の眉間が後頭部から吹き飛んだらしい」
ルートヴィーズは潤んだ目を見開いた。
月明かりで逆光になった人影から、血の飛沫が降ってくる映像が脳裏を過ぎる。
自分の背中やロイドの顔面にも、生暖かい液体が飛び散ったことだろう。
「部下でもないし、敵か味方かも分らない。住宅街に消える人影からして、そう遠くない距離だったそうだが、顔は分らなかったらしい・・・」
ルートヴィーズは神妙な顔で押し黙った。無論、いつも無言だが。
「ミジュルクさんの髪飾りを切り落とした人物と、セリーザにとどめをさした人物が同一なのかは分らないが・・・はぁ。いや、しかし・・・」
閃光。
黒光りする煙管。上質のスーツ。組まれた長い足。微笑む女の唇。
膝の上に置かれた手が、ぎゅっとズボンの布を握り締めた。
アデレートははっとして振り向き、歯を食い縛って頭を抱えているルートヴィーズを見つけた。
「ルーッッ」
肩のあたりに手を掛けてやるが、他には何もやってやれる事がなかった。
苦痛に顔を紅潮させ、拳をがたがたと震わせるルートヴィーズは、数秒後にはす、っと虚脱し、大きなため息を吐いた。
「ルー・・・今、医者を」
立ち上がろうとするアデレートの服の端を、ルートヴィーズが掴んだ。小さくかぶりを振る。まだ暖かいベッドの横を「ここに座って」、と言わんばかりに叩く。
アデレートは座りなおし、熱を溜め込んだルーの背中を摩ってやった。
「本当に大丈夫か?」
ルートヴィーズは頷く。
今度は心なしか青白くなった顔を枕に沈め、彼は眠りについた。
* * *
三日後。
黒ヒゲの客ユグナは、泊まりの延長を申し出た。
フェイは近くの町で行われるカードゲームの大会に出場するとかでチェック・アウト。
その大会の為に各地から旅人が集まっているらしく、この日から街全体の人の流れが変った。
暫くは繁盛しそうだ。
最近は特に空気が乾燥しているので、店の前に打ち水をして、カウンターに入った。
昼過ぎに見慣れた集団が店に入ってきて、どかりとカウンターの前を陣取る。
レネスとマロイ、その取り巻き達だ。
ネレスは強い酒を呷り、アデレートを睨み見る。
「赤帽子は来たか?」
「いえ、あの日以来顔を見せません」
レネスはテーブル席のあたりに振り返り、そこにリクの姿を見つけて目を細める。
リクは視線に気付いて振り返り、そして咄嗟に視線を逸らした。
「あの女はまだいるのか」
「ええ。人手が足りないもので」
「ふんっ、まぁ、いいさ・・・」
筋肉隆々とした体に短髪の黒髪、というレネスに対して、ナンバー2のマロイは、線が細くてこげ茶色の長髪だ。今日も静かにグラスを傾け、何かを考えているような、何を考えているか分らない顔で酒を飲んでいる。
その後に立っているミヅチは、人形のような顔で見張りをしていた。
「そう言えば、今日はあの無口君はいないのかい?」
マロイが言うと、アデレートはなるだけ自然に苦笑した。
「ええ、性質の悪い風邪にかかりましてね。休ませてるんです」
「へぇ」
アデレートは視線に気付き、ミヅチを見た。
一瞬だけ視線が合うと、ミヅチは視線を外して見張りに戻る。
アデレートは内心首を傾げながら、ネレスの二杯目を注いだ。
* * *
翌日。
外も暗くなり、涼しくなってきた時刻だった。
道にはまだ人の往来があって、それが空いて来たか、という頃である。
店に入って来た集団を見た時、またネレスか、とアデレートは思った。
緊張していたが、違うと分かる。
しかしそのほっそりとした人影が店に入って来ると、別の緊張がやってきた。
取り巻きはすべて白人。その中心にいる人物もだ。
彼の固有名詞である赤帽子がなかったので一瞬分らなかったが、入ってきたのはロイドだった。
「やぁ、アディ」
「ああ、ロイド・・・帽子はどうしたんだ?」
ロイドは口の端を上げただけで、質問には答えない。答えたくない、という事かもしれないし、答える必要もないだろう?という意味なのかもしれない。
「看板娘ならキッチンだよ」
「そうか。じゃあ、バリナーバ炒めでも頼もうかな」
「分った。何を飲む?」
「適当に」
アデレートは頷き、キッチンに注文を伝えにいく。
ロイドの来訪を聞いたリクは、ぱっと顔色を明るくして嬉しそうに頷いた。
バリナーバはブロッコリーとチンゲンサイの掛け合わせみたいな野菜で、歯ごたえがいい。それを鶏胸肉と一緒に炒めて味付けしたが注文の品だ。
アデレートは彼女を見て微笑しながら、カウンターの内側に戻って『ツタッパ』という野菜料理に合う水割りを出した。
周りの取り巻き立ちにもそれぞれ注文の品を出し、他の客をさばく。そうしている間にリクが料理を運んできて、横目でロイドのほほえみを見つけた。
事情を知っている客もいたが、皆が皆、知らんふりをしている。
「久しぶりね」
「ああ・・・」
彼女が料理を置く寸前、ロイドは小さな紙切れをリクの長袖の内側に差し込んだ。彼女は驚いた顔をしていたが、次の瞬間には何事もなかったかのようにキッチンに戻る。
きっとアデレートしか確認できなかっただろう。
客をざっと見渡したが、今の出来事に気付いている風な様子はなかった。
リクは紙切れを開いた。
小さな走り書きがしてある。
【今夜 君の家に】
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