第14話 ロイドへの疑い
翌日、夕方前。
「市警察軍に妙な事を話さなかったろうな?」
カウンター席に座ったレネスに言われ、アデレートは頷いた。
「もちろん。《キンコウセン》に逆らえる者なんて、ここらにはいませんよ」
余裕の態度で酒を出した店主を見て、レネスは口元を上げた。
「それじゃあ正直に教えてくれるな?」
アデレートは極力素っ気無い態度に順じた。
「なんでしょう?」
「あの赤い帽子の野郎は何者だ?」
一瞬、心拍が跳ね上がった。
ロイドの正体が明かされれば、それに関わった者達が危険に晒される。
リクや、自分も例外ではない。知っていて黙っているなら尚更だ。
「赤い帽子、ロイドですね・・・何者、とはどういう意味で?」
「どうもこうもない。何か奴に関する情報は?」
「はぁ・・・旅人で、うちの看板娘に惚れてる、ぐらいしか知りませんね。彼も自分の事をペラペラと話すタイプではないので」
周りを囲んでいるメンバー達の視線が熱い。いや、怖い。
「タイリが殺されたのは知ってるな?何か情報は」
「それに関しても・・・夜は自宅に帰りますので・・・お客の方からも、有力な情報はいただけませんでしたねぇ」
「ふんっ」
レネスは酒を呷った。
その時、細身の黒スーツを着た男が店内に入って来きた。
シルクハットを上げて挨拶する。
一瞬ミヅチの右手が反応したが、すぐに警戒は解かれた。入ってきた客は店の固い雰囲気に気付いて何度か瞬くと、気付かないふりをして店主に笑いかけた。
「入ってるかい?」
「やぁ、マンデナッチさん。ご注文の品、入ってますよ」
病弱そうな雰囲気のジョン・マンデナッチは、『キミドミ』という赤ワインのボトルを貰い受けた。レネスを見ると、水色の瞳を細めて帽子を胸にあてた。
「どうも、レネスさん。この度はご愁傷さまです」
「ああ・・・」
「例の少年の葬儀ですけど、うちで受け持つ事になりましたので―・・・ああ、そうだ。死因なんですが、やはり剣でやられたようですね。仕事上、死体を見る事は多いけれど、あれは相当な腕ですよ。背中からバッサリ。それから胸を一突き。ほとんど即死だ」
「・・・そうか」
「・・・え?」
マンデナッチが振り返ると、眉間を寄せている店主がいた。
アデレートが質問をしようと口を開きかけた時、ドアの開くギュイっという音がする。
何とも最悪なタイミングで、ロイドとリクが入ってきた。
カウンターに座っていた一同の顔付きが鋭くなり、店の雰囲気が一気に険悪になる。
ロイドも視線に気付き、顔付きを変えてレネスを見つめた。
リクは事態を察して怯え、ロイドの背中にしがみついた。
「何か用か?」
メンバーの数人がロイドを囲む。
ロイドはリクを庇うように立った。
「聞きたい事がある」
「何だ」
「リク、こっちにおいで」
アデレートが声をかけると、ロイドはリクを促し、リクは不安そうな顔をしながらもロイドから離れ、店主の側へと駆け寄った。
カウンターの外に出てきたアデレートに、縋るようにしてリクは言う。
「ごめんなさい、マスター。昨日は―」
「しっ・・・何も言わなくていい」
アデレートは小声で言った。
「一緒に来た、って事は仲直りをしたんだろう?」
リクは小さく頷いた。
「なら、もういい。奥に入ってるんだ」
リクはかぶりを振った。彼女の代わりに接客をしていたルートヴィーズも、不穏な空気を感じて、固い表情でロイド達を見つめている。
レネスは立ち上がった。
ゆっくりとロイドに向って歩いていくと、ロイドも間合いを詰めていく。
お互いに、手を伸ばして届く一歩手前で立ち止まった。
「お前、殺人があった日に何をしていた?」
ロイドはレネスの瞳をまっすぐと睨んでいる。
「答える必要があるのか?」
「ああ。俺はお前を疑っている」
「なぜ善良な市民を疑う?」
「善良?はっ、ならば何故、お前の元に俺達と同じ手紙が届くんだ?」
ロイドの眉が、一瞬だけ動く。
「タレコミがあってな。タイリが死んだ翌日に、お前のもとに手紙が届いたと。しかも、この店で、だ・・・」
メンバーの視線と客達の視線が、一瞬だけアデレートに向けられた。
緊迫した空気が、張り裂けそうなほどに店を凌駕している。
アデレートは無表情と無言を貫き通した。
それが店主としてのプライドだし、プロというものだ。
アデレートは自分の仕事をしただけ。
ここで言い訳でもしようものなら、この場で命がなくなる事は分っている。
レネスとは、そういう男だ。
「たしかに、手紙は受けとった」
ここで嘘をつけば、『ヴィーキツ』の人間が危険だと察したのだろう。
ロイドはいつもより低い声で言った。
「だが、俺はあのガキを知らないし、なぜ俺に宛てられたのかも分らない」
「それは随分とおかしな話じゃねぇか?」
「全くだ。いい迷惑だよ」
「ふふんっ・・・お前は《レイガフ》のなんだな?」
「知らないね。俺は単なる旅の者、それだけだ」
「ならば差出人は人違いをしたと?」
「そうでなければ、俺への嫌がらせだとしか思えないな」
「お前は殺人があったその日の夜、どこで何をしていた?」
ロイドは威圧的に目を細めた。
「答える気は無い」
《キンコウセン》のメンバーの数人が、ロイドの胸倉や肩口を掴み、殴りかかろうとした。ロイドは咄嗟に腰に備えた銃を抜き、レネスの眉間を狙って腕を上げる。
それに反応したミヅチが剣を抜き、銀色の光がきらめこうとしたその瞬間―。
「やめてっっ」
アデレートに縋り付いていたリクが、泣きながら叫んだ。
「彼は誰も殺してないわっ。だってあの日の夜は、ずっと私の家にいたものっっっ」
店中の視線がリクに集まる。
「本当よっ。疑うならお隣に聞けばいいわっ。偶然会って、挨拶したっ」
銃口を向けられているレネスの顔色には、恐怖も焦りも見えない。
ロイドが引き金を引かないという確信があるのか、それとも自分の死に興味が無いのか。自分が殺されても部下が復讐をすると分っている自信だろうか。
おもむろにうしろへと振り向くと、黒い瞳がリクを見つめ、ふと、口元が歪んだ。
「まぁ、いい・・・化けの皮はいつか剥がれる・・・」
レネスはロイドの耳元で言った。
「命拾いしたな」
彼は店を出て行く。その周りを囲むようにしてメンバーが続き、剣を鞘に収めたミヅチが、ロイドを一瞥してから最後に出て行った。
無造作に開けられたドアが何度か行き来を繰り返し、キュイキュイと動物の鳴き声のような音を出している。
ロイドは小さくため息を吐き、銀細工がしてある銃を収める。
店中から安堵のため息が聞こえたが、未だに不審な視線がロイドに集まっていた。
これでロイドは、この地区のブラック・リストに載った事になる。
今の時点から、街の者の態度は一変するだろう。
リクとよりを戻したというのに、最悪の事態だ。
彼と恋人関係にあると知れたリクにも、被害が及ぶに違いない。
そしてレネスに情報を売ったのは、この店の客だというのは明らかだった。
共に酒を酌み交わした者も、金に換算される世の中になってきた。「志」ですら二束三文で売り叩いた連中に、今更「改心」という言葉は通じないだろう。
「とりあえず、奥に入ってくれ・・・さぁ、リクも」
アデレートはルートヴィーズに視線を移した。すぐに視線が合い、彼はすぐに頷く。
「頼んだ」
三人が別の仕切りの中に姿を消すと、テーブルの上に足を組んだ者がいた。賞金稼ぎの女だ。彼女はルートヴィーズに見られている事にも気付かず、煙草を銜えてニヤリと笑っていた。
指先で弄ばれているジッポの蓋が、何度も開閉してリズムを刻む。
マンデナッチと擦れ違って、泊り客のメガネの男が店に入って来る。
店の雰囲気に何か異変を察知したのか、あたりを見渡した。
間抜けた声が首を傾げる。
「・・・ん?何かあったんですか?」
誰も、暫くは返事をしなかった。
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