第13話 レイガフのリーダー


 夜。

 閉店後。

 重い雰囲気のまま掃除が終わった。

 ルートヴィーズはカウンター席でさっそく煙草を吹かしている。

 鎖から解放されたミツが、その足にじゃれついていた。

 アデレートは気つけにウイスキーを入れて、浮かない顔をしているリクに差し出した。

 リクが礼を言おうと口を開きかけた時物音がして、ギィ、と扉が開く。

 遠慮がちに店内に入ってきたロイドは、小さく帽子をあげて挨拶をした。

 彼がそうする時だけ、癖のついた金髪が見える。

 ルートヴィーズの隣に座ると、アデレートの空元気な挨拶に小さく頷いた。

 彼にしては珍しく、緊張しているらしい。

 彼が無言のままカウンターに手紙を広げると、三人はそれを覗き込んだ。


【レイガフとキンコウセンが手を組めば、コクーテを潰せると思わないか?】


 少し右肩上がりの文字で、そう書いてあった。

「・・・これは?」

 眉間に深い皺を寄せ、アデレートは聞いた。


「《レイガフ》と《キンコウセン》が手を組む?ありえない」


「だろう?バカな話だ・・・」

 煙草を銜えながらロイドが言う。

「だが、魅力的な話でもある・・・《コクーテ》はここら辺じゃ一番大きな組織だ。《レイガフ》だけでも、《キンコウセン》だけでも手出しはできない・・・だが―・・・」


「だが、手を組めば潰せるとでも?」


 ロイドは上着を探っていた。

 ロイドの肩をとんとん、と指先で小突くと、ルートヴィーズは顔を近づける。

 まだ煙草に火をつけていなかったロイドは、キスができそうな程顔を近づけ、火を分けてもらった。

 アデレートは、少しだけ苛ついた自分に気が付いた。

 もったいぶったようなロイドの間合になのか、それとも子供染みたジェラシーなのかは分らない。今思えば、『嫌な予感』をそう勘違いしただけだったのかもしれなかった。

 ロイドはため息と共に煙を吐いた。


「賭けてみる価値は―・・・手紙の差出人に会ってみる価値はあると思った・・・万が一という事もある。長年ここらの頂点に立っている《コクーテ》を潰せれば、俺達の目標はより近く、現実的なものになる・・・奴等が本気で手を貸してくるとは思えないが、利用ぐらいはできるんじゃないかと思った。当然、この手紙が本当に奴等からのものなら、奴等の狙いも同じだろう・・・」


 リクは困惑と不審感をあらわにする。


「何なの?『俺達』だとか、『目標』だとか――・・・あなたは《レイガフ》のメンバーだってことなの?」

「そうだ」

「なら、どうして今まで・・・」


 ロイドはそれに答えなかった。

 無言で指差す手紙には、


【連絡が欲しい。次の満月の晩から三日間、十二時ちょうど。サランマダルの広場、彼の像の下で待つ】

 とあった。


 〝何ともうさんくさいな〟とアデレートは思いつつ、言う。


「―それで?満月の三日間と言えば、今日が二日目だろう?会いに行ったのか?」

「まぁね・・・部下を使いにやらせて、様子を伺わせてみた」

「部下?」


 アデレートが訝しそうに言う。


「《キンコウセン》と思われる連中が、同じ頃に周りをうろちょろしてたらしい・・・サランマダルの像の近くで、部下がこれを拾った」


 ロイドは胸のポケットから、すずらんのように連なった、花飾りの一部を取り出した。


「専門店に行って聞いてみたが、上質な布と糸でできているらしい。おそらくは女の髪飾りだろう。これが関係あるかは分らないが、ここらで金持ちは少ないからな・・・封の作りを調べさせたが、あの髑髏の押印は市販されていない、特注品だ。《キンコウセン》にそんなセンスのある奴がいるとも思えんし・・・おおかた奴等にも同じような手紙が来て同じように呼び出されたんだろう」


「確かに来ていた・・・だが、どうして君なんだ?《キンコウセン》の受取人は、リーダーのレネスだった。それなのに《レイガフ》側の受取人は―・・・」


 数秒の、間―。

 ロイドはゆっくりと、煙を吐いた。


「《レイガフ》のリーダーが俺だからだ」


 煙が立ち昇る音が聞こえそうなほど、店内がしんとなった。


「・・・今、何て言ったの?」


 リクは自分の耳を疑ったようだ。

 むしろ、信じたくなかったのかもしれない。

「旅人だと言うのは嘘だ。俺は《レイガフ》のリーダーで、この店が《キンコウセン》の溜まり場だと知って、奴等の様子を窺っていた」

 数秒の沈黙があった。


「・・・もしそれが本当だったとして、どうしてリーダー本人が潜入するの?」

「リーダー本人が潜入してくるなんて、誰が思う?」


 店内は再び、沈黙に包まれる。

 〝確かに〟と、アデレートは思った。


「じゃあ・・・」

 リクの声が潤んでいる。こげ茶色の瞳に涙が溜まっていた。

「じゃあ、私に近づいたのもっ・・・」


「違うっっ」

 ロイドは立ち上がり、

「それとこれとは別の話だっ」

 咄嗟にリクの腕を掴んだ。


 それを力強く振り払い、

「何が違うのよっっ」

 リクは側にあったグラスを握り取り、中身のウイスキーをロイドにぶちまけた。


 上半身はびしょりと濡れていたが、ロイドは苦しそうな顔をしたまま黙っていた。

 被害を被ったミツは迷惑そうな顔をして身震いをし、あたりに水滴を飛ばす。

 普段は温厚なリクの顔は、怒りと悲しみに歪んでいた。


「私を利用するつもりだったのねっ・・・」

「ちがっ―」

 顔を覆ったリクは、そのまま裏口の方へと走っていった。

「リクっっ」 


 追いかけようとするロイドの腕を、ルートヴィーズが咄嗟に掴んだ。振り向いた彼に、複雑そうな表情を浮べたアデレートが固い声で言った。


「話した、という事は―・・・彼女との事は本気なのか?」


 ロイドはアデレートをまっすぐと見つめ、真剣な顔で頷いた。


「ああ・・・」


 ロイドはルートヴィーズに視線を移す。


「俺は今まで、たくさんの女を泣かせてきた・・・でも、もう二度と、彼女の涙だけは見たくない・・・何に誓っても、俺は彼女を愛している。それだけは真実だっ・・・」


 黒曜石とアクアマリンのような瞳が、数秒の対峙をしていた。

 やがてルートヴィーズが先に視線を逸らす。

 それと同時に腕の束縛が解けて、ロイドは奥へと走っていった。


「ありがとう」 


 足音が遠ざかっていった。


 何とも言えない空気と手紙だけが残り、ミツは体を伸ばして大きな欠伸をしている。

 アデレートは手紙を折り畳んだ。

 どうやらまた、預かる事になったらしい。

 カウンターの下に手紙を隠すと呟いた。


「どうなるんだか・・・」


 ルートヴィーズが頷きかけた時、カタン、と階段の方から物音がした。

 二人は驚いてそちらを振り向く。

 すぐに足音がして、カードゲーマーの客が降りて来た。


「いやぁ、よかった。まだいたか」


 ミツが反応し、顔を上げる。しかし主人が店内にいるので、視線で侵入者を見送るだけに留まった。男が両手をあげて、苦笑しながらカウンターに近寄ってくる。


「噛まないでくれよ」

「どうかされましたか」

「寝酒がしたくなってね。何でも良いから一番安いやつ、くれないか」

 

〝もしかして、聞いていたのか?〟


 妙に愛想のいい喋り方に疑念を抱きつつ、アデレートは笑顔で対応した。

 持込みのアルコール・ホルダーに酒を注いでやる。


「今日はボロ負けだよ。あの泊り客の女、めっぽう強くてね」 


 金を渡し、水筒のようなホルダーを受け取りながら、男は笑った。


「じゃあ、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい。いい夢を」


 男が階段を上りきり、二階を移動する物音を目で追うと、アデレートはルートヴィーズに振り返った。

 数秒の間、二人は見つめ合っている。


 二人はどうなるのか、手紙の差出人は誰なのか、その目的は何のか、タイリを殺した犯人は誰なのか、手紙と髪飾りと殺人事件は関係があるのか・・・色々と疑問はあったが、目の前にいる人物に聞いても首を傾げるだけで、会話になるはずがなかった。


「・・・帰ろうか」


 ルートヴィーズは素っ気無く、ただ眠そうに頷いた。

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