第12話 怪しい客たち


「ねぇ、お兄さん」


 カウンターに寄りかかり、声をかけてきたのは賞金稼ぎの女だった。赤いショートヘアーに、薄い紫色の目をしている。襟元から、胸の谷間が見えた。

 彼女自身が、そう見えるように意識している可能性が高いポーズだ。


「さっきの赤い帽子の男、誰?何話してたの?」


 話しかけられたルートヴィーズは、無言で彼女の手元を見た。カウンターに置かれた手の隙間から、水色の紙が見える。おそらくは『情報代』というやつだろう。

 ルートヴィーズは無表情で、かぶりを振る。


「いいじゃない、ちょっとぐらい教えてくれたって」


 ルートヴィーズはもう一度、小さくかぶりを振った。


「どうかしましたか?」

 奥から戻ってきたアデレートを見て、女はそちらへと標的を変更したようだ。


「ねぇ、さっきの帽子のひと、どんなひとだか教えてよ」

 彼女の手元をちらりと認めたアデレートは、にっこりと笑った。


「どうして知りたいんです?」

「どうして?気に入ったからに決まってるじゃない。この店にはよく来るの?」

「ええ、そうですねぇ」


 アデレートは一瞬、客の相手をしているリクを見た。こちらの会話には気付いていないようだ。


「時々は」

「・・・ふぅん・・・」


 女は口紅を塗った妖しい口元に、笑みを浮べた。


「じゃあ、暫く泊まろうかなぁ・・・とりあえず、これ」


 そう言って彼女は、手元の金をカウンターに置く。鼻歌を口ずさみながらリクと擦れ違うと、彼女は軽やかに階段を上がって行った。

 アデレートは彼女が見えなくなると、体を傾けてルートヴィーズに耳打ちをした。


「本当にただ、好意を持っただけだと思うか?」


 ルートヴィーズは僅かに眉間を寄せ、首を傾げる。


「彼女は『賞金稼ぎ』なんだろう・・・?」


 二人は視線を合わせた。


「嫌な予感がするんだ・・・『何かが起こる』、そんな気がする・・・あの賞金稼ぎも含めて、最近の客層は少しおかしい・・・気をつけてくれ」


 ルートヴィーズは素直に、小さく頷いた。


 両開きのドアが丁寧に開けられると、琵琶を持った吟遊詩人が帰ってきた。


「ああ、ミジュルクさん。おかえりなさい」


 化粧をした端正な顔立ちが振り向いたが、盲目の彼と視線が会う事はない。長い黒髪が複雑な形で結い上げられ、髪飾りが揺れていた。彼は苦笑しながら琵琶を示す。


「弦が切れてしまって、早めに帰って来ました」

「おや、大事な商売道具でしょうに・・・弦の替えは?」

「ええ。部屋に・・・―ああ、そうだ。明日まで部屋を延長してもよろしいですか?どうも稼ぎが悪くて、次の街までの路銀が足らないんです」

「ええ。お好きなだけ」

「じゃあ、宿代はあとでお支払いしますね」


 ミジュルクは優雅な足取りでテーブルを避けながら歩き、まるで見えているように階段を上っていった。片手に握られた楽器を見ながら、アデレートは思う。


 〝琵琶の弦は、いっぺんに切れるものなのか・・・?〟

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