第11話 タイリから渡ったロイドへの手紙


 翌日の昼過ぎ。

 泊り客だった遠耳の壮年男がチェック・アウトした。

 殺人が日常のこの街は、衝撃が緩やかになるのも早い。さすがに『ヴィーキツ』の周りには不吉な冷気が足元を這っているような気配がするものの、表面上は落ち着きを取り戻しつつあった。

 赤い帽子をかぶった青年が、店へと入って来る。

 彼は別の安宿に住んでいるらしいので、週に三日か四日は、通勤のようにやって来る。

 カウンター席に座ると、


「今日のおすすめは?」

 と聞いてきた。酒瓶を棚に戻したアデレートが、

「看板娘かな?」

 と言うと、ロイドは苦笑した。


 アデレートも笑顔を浮べる。


「フルーツ・フィッシュが手に入ったよ」

「じゃあそれで。あと、飲み物も適当に」

 アデレートは頷くと、

「ルー。『ネプトウスス』、頼む」

 と言って、奥に入った。


 ルートヴィーズは縦長のグラスに氷を入れ、透明な酒を水で割った。口当たりがよく、はじめは甘いが、あとで辛味が残る酒だ。


 アデレートが気を利かせたのか、飯を運んできたのはリクだった。


「やぁ」

 皿をロイドの前に置きながら、リクは含羞んだ笑顔を見せた。

「いらっしゃい」


 『フルーツ・フィッシュのピラフ、鱗添え』。仄かに柑橘系の香りがする白身魚を蒸し焼きにして、ほぐした身をピラフに入れるのだ。素揚げにしたパリパリの鱗は半透明で、こんもりと魚型に盛られたピラフの上に、トリュフのスライスのように散らされている。


 客足も引き、一息か二息つけるほどに暇な時間ができた。

 カードゲームをしているのか、丸テーブルを囲んでいる常連に混じって、昨日のゲーマーと賞金稼ぎの女がいる。

 ロイドの両側に客がいなくなると、カウンターに戻っていたアデレートは、手品のように手紙を取り出してカウンターにすっと差し出した。


「これは?」

 アデレートは気持ち声を抑える。

「受け渡しを頼まれた」

 ロイドは眉間を寄せ、無造作に封を切って中身を広げた。数秒とたたないうちに顔色が変り、いくらか警戒した様子でアデレートを見る。

「誰からだ?」

「昨日死んだ、タイリという少年だ」


 ちょうどカウンターに置かれた食器を片付けていたリクが、ロイドの横顔に振り向く。


「知り合いだったの?」

「いや・・・時々見かけはしたが、話した事もない」

 リクは不安そうな顔で聞く。

「何て書いてあるの?」


 ロイドは数秒、沈黙する。

 困惑して、視線を俯けた。

 彼女の前では受け取りたくなかった手紙のようだ。

 リクはそれを察して、顔色を曇らせる。


「ロイド・・・?」

「ああ、いや・・・違う。やましい事は何もないんだ・・・」

「じゃあどうして―」


 ロイドは顔を上げ、何かを言おうとした。しかし開きかけた口は噤まれ視線は外され、ロイドは葛藤をあらわに、顔を渋めた。


「ロイド?」

 もう一度、彼はリクを見る。

「不審に思うのは仕方ない・・・でも、俺はあの殺人とは何の関係もないんだ」

「それは分っているわ。でも、その手紙はあなた宛に来たんでしょう?」


 数秒の沈黙があると、ロイドは立ち上がった。

 金を置くと、帽子の位置を直す。ちらりとアデレートと視線を合わして、俯いた。


「今日の閉店後、またここに来る。――あんたも俺を疑ってるんだろう?」


「いいや?」

 アデレートは正直に言った。

「ただ、気になってはいるよ」


 赤い帽子が小さく頷いた。

「あとで話す」

 そう呟くと、ロイドはリクの体をさっと避けて、店を出て行った。

 リクは縋るような瞳でうしろを振り返ったが、ロイドの姿はその時、死角へと入った。

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